豊川(とよがわ)は、東三河に多くの恵みをもたらしてきた。豊川の水は、穂の国の田畑を潤し、蒸気や冷却で工場の稼働を支える。生活用水、農業用水、工業用水として、豊川は東三河の礎を築いてきた。
他面において、豊川は、多くの洪水被害ももたらしてきた。堤防や遊水地の整備、川幅の拡大などの対策が繰り返されてきたが、今日なお改善が求められている。上流に急勾配の山地の多い豊川は、台風や豪雨時には氾濫する一方、平時には水不足となりやすい特質を有する。
こうした豊川の両義的な影響は、太古より人知を超える神の御業と考えられてきた。その恵みは「和魂(にぎみたま)」として、災いは「荒魂(あらみたま)」として祭られる。今日でも、東海道新幹線の架橋付近の豊川両岸の水神社では、「弥津波能売(みづはのめ)」「瀬織津比咩(せおつひめ)」という水の神が祭神とされている。
その後、利水と治水の対策は、信仰から科学へと引き継がれる。上下水道が整備され、災害時には気象衛星やハザードマップの情報に基づき行動する。また、2034年完成予定の設楽ダムにより、豊川の水量調節が可能となる。当該地域の住民の犠牲のもと、洪水と渇水双方の対策が図られ、公益が実現する。
この設楽ダムの建設を含め、三河地方の水循環を再設計する「矢作川・豊川カーボンニュートラルプロジェクト(脱炭素計画)」が、県主導で21年に始まった。「ダム」「河川」「上下水道」「森林」「農業施設」「沿岸域」までを包括的に扱い、再エネ創出▽省エネ▽二酸化炭素(CO2)吸収▽治水、渇水対策など―を横断して束ねる計画である。脱炭素という合言葉のもと、複数の事業が同時に進められているが、より広く、次世代に向けた持続的で統合的なまちづくりとも位置づけられる。
カーボンニュートラルとは、炭素の中立化であり、脱炭素と訳される。CO2などの温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させること(差し引きゼロ)を意味し、1992年の気候変動枠組条約に基づき規律されている。同条約の付属条約として、1997年には2020年までの温室効果ガス削減目標を定めた京都議定書が採択され、2015年にはその後継となるパリ協定が採択された。
パリ協定では、産業革命以前より気温上昇を2度未満に抑え、かつ1・5度未満に抑えるよう努力することが目標とされる(2条)。そのために、温室効果ガスを削減する「緩和」策が優先的取り組みとされるが(4条)、すでに起きている地球温暖化を踏まえた対策を行う「適応」策も求められる(7条)。適応は、要は暑さ対策であり、温暖化による豪雨や洪水等の災害対策も含まれる=表。
同じ15年には、持続可能な開発目標(SDGs)も採択されている。その目標13は、まさに気候変動対策である。パリ協定等の条約が主に国に義務を課すのに対し、SDGsは法的拘束力をもたせないことで、企業や個人をも名宛人とする。
パリ協定では、京都議定書の義務を引き受ける国が少なかった反省を生かし、各国が自主目標に基づき気候変動対策を行う形式がとられている(3条)。日本は20年に、30年までの温室効果ガス46%削減(13年比)、50年までのカーボンニュートラルを目指すことを宣言した。
これらの目標を達成するために、第一義的には国が努力を重ねる。国際法においては、自治体の行為も国の行為とみなされるため(国家責任条文4条)、国と地方一体の取り組みが求められる。
さらには、国や自治体だけでなく、民間企業や大学などとともに、総力を挙げた取り組みを行うことが推奨される。産官学がそれぞれの長短を補完し合うことで、完成度の高いプロジェクトとなる。SDGs目標17の「パートナーシップに基づく目標達成」とも相通ずる。
上述の脱炭素計画は、東三河の豊川流域に焦点を絞ると、①設楽ダム(設楽町)、②豊橋浄水場(豊橋市)、③豊川浄化センター(同)を対象としている。設楽ダムでは、利水・治水のほか、水力発電も計画されている。
豊橋、豊川、新城の3市に水道用水を供給する豊橋浄水場は、25年に再整備が始まった(35年完了予定)。「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律」(PFI法)に基づき、インフロニア・ホールディングスを代表とする企業10社が、水素技術を含む再エネや省エネ機器を導入するとともに、管理棟のZEB化(ネット・ゼロ・エネルギー・ビルディング化=消費エネルギー実質ゼロの建物)を図る。老朽化対策にとどまらない、研究者の助言等を踏まえた官民一体型の次世代脱炭素計画といえる。
豊川浄化センターは、豊橋、豊川、蒲郡、新城4市の下水を処理する施設である。生活排水の浄化により、三河湾の水質は改善したが、栄養塩(窒素・リン)の不足により、ノリの色落ちやアサリの餌不足が課題となってきた(連載第10回アサリとカキの好循環参照)。
そこで、浄化センターでは、22年から栄養塩を増やす取り組みが行われている。この栄養塩を取り除くばっ気(送風)や撹拌(かくはん)は、多量の電力を要する。そのため、海の栄養管理による漁業資源回復措置は、脱炭素にも資することになる=図。
矢作川・豊川脱炭素計画は、17年に制定され、24年に大幅改訂された水循環基本計画とも大いに関係する。基本計画は、水が自然から人の利用を経て再び自然に還元されるプロセスを統合的に管理することを目的とする。
明示されてはいないが、官民連携、広域化、カーボンニュートラル視点などを織り込む水循環の参考事例は、まさに豊川を例とした取り組みと考えられる。水循環とともに、国と地域で政策の好循環も生み出す好例といえよう。
豊川の脱炭素計画は、気候変動対策にとどまらず、水とともに生きる東三河の将来設計となりうる。一過性の試みにとどめず、地域の水やエネルギーの教育等を通じて、住民が自分事として考え、世界に誇れるまちづくりの基幹としたい。
尋木真也(たずのき・しんや)
熊本県出身。2005年3月、早稲田大学政治経済学部政治学科卒。08年3月に早大院法学研究科修士課程を修了。15年4月、愛知学院大学法学部の専任講師。20年2月から現職。専門は国際法と国際人道法、安全保障法
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