「言葉や文化の壁」と聞くたび、高くそびえ立つ「壁」ではなく、雨で曇った窓ガラスを思い浮かべる。相手の姿は透けて見えるのに、肝心の輪郭がかすむ…そんな感覚だ。
先日、現地の方と雑談していた。彼が「名古屋に留学していた頃に食べたみそカツが忘れられない」と切り出した瞬間、胸の奥でカチリと音が鳴り、二人の間の距離がわずかに縮まった。みそだれの甘い香りがふわりと広がり、育った土地も母語も違う私たちが同じ情景を思い描けた。
別の日、中国語学校の先生に「最近、上海以外の都市に行く機会はありましたか」と問われ「武漢で眺めた黄鶴楼がとても美しかった」と答えると、「武漢は私のふるさとです」と目を丸くし「そう言ってもらえてうれしい」と彼女の笑顔が広がった。曇ったガラスを指でそっと拭い取ったように、輪郭が急にくっきりした瞬間だった。
日々の上海でも、曇りがふっと晴れる場面に出合う。それが起きるのは、二人のあいだに分かち合える感覚を見つけたときだ。愛知のジブリパークの話をすれば、相手は「千と千尋の神隠し」の海原を走る電車や「となりのトトロ」の夜のバス停を挙げ、こちらも好きな場面を返す。きしめんは幅広だと話せば、相手は刀削麺のコシの話で返し、最後は「結局、どちらもおいしいよね」と笑い合う。そんな小さな共有が、互いの輪郭を少しずつ確かにしていく。
中国の社会学者、費孝通(フェイ・シャオトン、1910~2005年)は、生涯の到達点としてこう記した。「各美其美、美人之美、美美与共―それぞれの文化が自分らしい魅力を持ち、互いにその魅力を認め合い、分かち合うことで、世界はより豊かになる」
言葉は、思いを届かせ、理解し合うためのツールのひとつにすぎない。だからこそ、人は言葉を磨き、ときには翻訳アプリも頼りにしながら、食や習慣といった日々の文化や経験を分かち合い、曇ったガラスを両側から磨き続けるのだろう。きょうも私はこの街で、互いの文化が重なる小さな点を探す。小さな共有を見つけるたび、曇りは薄れ、相手の顔が少し鮮やかに映り、こちらの世界ももう一段クリアになる。
購読残数: / 本
週間ランキング
蒲郡ホテル、中国人観光客キャンセル報道後に中傷の電話多数 竹内社長「仕事どころではない」 【マケイン】八奈見さんお誕生日おめでとう 舞台の豊橋がお祝いムード 同人誌イベント「負けケット」も 田原市が「屋台村」の社会実験へ 来春から1年間事業者募る 空き地活用で駅周辺のにぎわい確保へ 歴史に名を刻んだ豊橋中央 ヨゴスポーツ余語充さん、今年の県内高校野球を回顧 豊橋のエクスラージ、3年連続で愛知県の人権啓発ポスターに 仕掛けは「逆さ絵」で「きづくとかわる」 田口高校で集団暴行事件被害者遺族の一井さん講演 豊橋市制120周年記念ロゴマーク決定 「右手と左手の上下が逆では?」の声も 【マケイン】蒲郡市竹島水族館と初コラボ 作中に登場する水槽解説、特別グッズ販売も 12月20日から 東海漬物、新社長に大羽儀周氏 組織の基盤固め最優先に 【のんほい×三遠】佐々木選手はパタスザル、根本選手はサーバル、ヌワバ選手はライオン・・・その理由は日付で探す