「第20回アジア競技大会」の開幕まで50日を切った。愛知・名古屋アジア・アジアパラ競技大会組織委員会の事務局にいる東三河ゆかりの2人に話を聞いた。最初は事務局長の小島馨さん。
―今のスタッフの数は?
◆約2500人です。大会が近づくと4000人適度まで増えます。さらにボランティアが4万人。
―今までで一番大変だったことは?
◆最初はもっと組織も小さくて、30人ぐらいで始まりました。私が着任した時点でも80人ぐらい。当時、前回大会の中国・杭州へ出張した際に、中国の組織委員会と話をした時に、我々の職員数は80人だと言うと、信じられないという顔をしていました。オリンピックと変わらない大規模なプロジェクトで、知れば知るほど本当に大会ができるんだろうかと思ったこともあります。私もこれまで地方自治体の職員として仕事の中で、あまり海外の団体などと協議や交渉を行った経験があるわけでなく、言語の壁もあって苦労したり、途方に暮れたこともあります。
―着任から4年4カ月ですね。
◆最初の頃はまだ若干時間がありましたから、一つひとつ問題を解決していくしかないな、と思ってやってきました。よくここまで来たなといういうのが正直な思いです。
―ものすごい人数のスタッフとボランティアを束ねなければならない。心がけていることはありますか。
―急造かつ短期間の時限的な組織で、しかも急速に規模が拡大している。愛知県と名古屋市の職員だけでなく、国、関係団体、民間企業から来た人もいる。募集して雇った人もいる。年齢層も幅広く、外国人も大勢いる。あらゆる背景を持った人、経験や文化が違う人たちがいて、それを束ねるのは至難の業です。しかも業務は膨大。実施競技はアジア大会が43、パラ大会が18です。東京都からも東京2020大会の経験者に応援で来ていただいている。こうした組織を一人や二人で管理することはもはや不可能であり、分担を決め、権限を配分してコントロールしていくしかない。一方で縦割りになりすぎないよう、横の調整として会議等でうまくコミュニケーションを取っていくことが重要だが、これも簡単ではない。
―幻の「名古屋オリンピック」が計画されたことがあります。名古屋に勝ったソウル五輪が1988年。それから約40年後、愛知で目の前で競技が見られることについてどう思いますか。
◆多くの競技、しかも五輪と違い、クリケットやカバディ、セパタクローといった日本では必ずしもメジャーではないが、海外では人気の高い競技もあるので、ぜひ間近で見て魅力を感じてほしい。迫力も違うと思います。これほど大規模な大会は、近い将来日本では開かれないのではないか。この機会に、ぜひ感動を会場で体験してもらいたいですね。勇気や元気が湧いてくると思います。
―前回アジア大会の国内開催は1994年の広島でした。日本とアジア各国の環境も変わった。国際交流としての位置づけをどう見ていますか。
◆交流とは、単なる友好親善だけではありません。国内外から観客も選手も集まります。45の国と地域の選手を受け入れなければいけない。行政だけでなく、交通機関や宿泊するホテル、食事を提供する業者などの関係者が、国内外から来訪する大勢の人たちと仕事で接する。これは、この地域にとって貴重な経験であり、レガシーになると思います。
―2005年に愛・地球博がありました。あれは長久手に行く必要があったが、今回は県内各地へいろんな国の人が来ます。
◆選手村だと1カ所に集まってしまうが、今回は、名古屋港の宿泊拠点のほか、競技会場近くのホテルへ泊まってもらう。選手が外出して食事に行くかもしれないし、そこで思わぬ交流が生まれることもあるのではないでしょうか。
―大会のレガシーのためにやっていることは。
◆レガシーをしっかりと残し、それをさまざまな形で保存して受け継いでいかなければいけない。例えばパラ大会は多くの障害のある方々を受け入れることでスキルが上がると思う。ホテルなどがそうです。国際的な都市として発展を目指すのであれば、多様性を尊重する共生社会の実現を目指すのであれば、この経験を、ぜひともハード・ソフトの両面で生かし、しっかりとつないでいく必要がある。
―決意をお聞かせください。
◆2016年の開催招致から10年、何とかここまできた。個人的には、最後までやりきってパラ大会の閉会式を見ることを目標としてやってきました。現在、村手聡事務総長をはじめ何千人もの職員が、開幕までの限られた時間の中で、最後の仕上げに奮闘しています。これまでの努力を絶対に無駄にしてはならない。アスリートに最高のパフォーマンスが発揮できる環境を整備してお迎えしたい。おそらく失敗もあると思いますが、それもまた我々の経験になると思います。最善を尽くすのみです。私も先頭に立って頑張っていきたい。
1965年知多市生まれ。中央大学法学部卒。89年愛知県職員。2010年政策企画局政策調整グループ主任主査、14年地域振興部地域政策課企画グループ班長、20年観光コンベンション局観光振興課長、22年から現職。豊川市在住。趣味は読書。
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1967年三重県生まれ。名古屋大学卒業後、毎日新聞社入社。編集デスク、学生新聞編集長を経て2020年退社。同年東愛知新聞入社、こよなく猫を愛し、地域猫活動の普及のための記事を数多く手掛ける。他に先の大戦に詳しい。遠距離通勤中。
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