今年は世界的にかつてないほど選挙の当たり年でした。主要国の選挙を挙げると、台湾総統選(1月)、インドネシア大統領選(2月)、ロシア大統領選(3月)、インド総選挙(5月)、メキシコ大統領選(6月)、EU欧州議会選(同)、イギリス総選挙(7月)、日本総選挙(10月)、アメリカ大統領選(11月)等々。
これら一連の選挙、とりわけ日米両国の選挙の結果、当該国がどう変わり、そして世界がどう変わりつつあるかは、今後じっくり議論するとして、今回は「民主主義の危機」ともいわれる世界の現状において、民主主義の基盤をなす「選挙」というものについて、色々な角度から考え直してみたいと思います。
それぞれの選挙が多大の時間と金とエネルギーを消費するものであることは間違いありません。予備選挙から勘定すると選挙活動に2年以上かかるアメリカ大統領選は別格として、その他の国でも毎回大変な騒ぎです。札束は飛ぶし、候補者同士の激しい誹謗中傷合戦、果ては殺傷(暗殺)事件等々、何でもありです。今回の選挙戦におけるトランプ氏の2度の暗殺未遂事件は異常というほかありません。
一人のリーダーが何年、何十年にもわたって政権を独占する独裁国家(ロシア、中国、北朝鮮、軍事政権下のミャンマーなど)と違って、民主主義制度(代議制)を採用する国の政治には多かれ少なかれ非効率性が目立ちます。今流に言えばタイパ、コスパがはなはだしく悪い。短距離競争をしたら、民主主義国家は独裁国家にとてもかないません。
かつて英国首相を長年務めたウィンストン・チャーチルの有名なセリフがあります。
「民主主義は最低、最悪の政治形態だ。ただし、その他のすべての政治形態を除けばの話だが」
つまり、他のすべての政治制度に比べれば民主主義はまだましである、我々は民主主義制度を維持するためには辛抱強くあらねばならないということ。いかにもチャーチルらしい、ひねりの利いた警句であり至言だと思います。
ただ、私たちのように、日米戦争が終わった1945年に8歳、小学3年生だった戦中派世代の者には、生まれて初めて目にする民主主義という言葉が実に新鮮で、希望に満ち、きらきら輝いていたことは確かです。戦前の教科書は軍国主義をあおるものだからということで、全面的に使用が禁止され、代わりに配布された薄っぺらの教科書の一つが確か「新しい民主主義」というような表題で、そこには民主主義がいかに優れているかが誇らしげに書かれていました。おそらく連合国軍総司令部(GHQ)の書いた原稿をそのまま翻訳したものだったわけですが、私たちは、この教科書を読んで、民主主義への憧れを感じ、これからの日本は民主主義国家として立派に生きていくべきだと子供心に強く意識した記憶があります。
そのような原点的な体験からすると、後年耳にしたこのチャーチルの箴言(しんげん)には少なからず違和感を覚えましたが、年を重ねるごとに、その意味が分かるようになり、今では全く納得、同感です。民主主義は決して最善でも理想的なものでもなく、極めて欠点だらけの制度だ、だからこそ不断の注意と努力によって慎重に運用していかなければならないのだと痛感します。
とくにこの数年来、民主主義のお手本だったはずの米国で民主主義を否定するような「トランプ旋風」が吹き荒れ、政治や政治家が昔に比べて著しく劣化したように見え、「民主主義の危機」ということを痛感します。日本でも、とくに「失われた30年」以後、政治の乱れや停滞が目立ち、国民の政治不信が高まっており、こうした現状にどう対処するかが大問題になっていますが、それについては、後述します。
ここで、少し寄り道をして、そもそも民主主義とは何か、歴史的にどのようにして発達してきたかを振り返ってみたいと思います。と言っても、それを限られたスペースの中で論ずるのは到底不可能なので、駆け足でおさらいしてみましょう。
古くは、ギリシャ・ローマ時代から何千年もかけて、多くの試行錯誤を経て現在のような形になったものであることは誰でも知っている通り。英語の「デモクラシー」の語源は古代ギリシャ語で人民・民衆を意味する「デモス」と、権力や支配を意味する「クラトス」を組み合わせたもので、「人民権力」「民衆支配」「国民主権」などの意味を持つとされます。つまり、現代民主主義国家では、人々は選挙権を行使して自らの代行者(代議員)を選ぶ。選ばれた代議員は自己を選出した人々の意思を代行し、多数決・法治主義の下に権力を行使するということです。
そこで民主主義の基盤となるのは選挙です。古代ヨーロッパの都市国家や、現在でもスイスのように人口の少ない国では、直接民主主義制で、原則的に全国民(市民)が審議や決定に参加しますが、大部分の国では間接民主主義制をとっています。その場合でも、昔は哲人(知的エリート)や貴族など上流階級の人たちが選ばれて議会を構成していましたが、幾度かの革命や政治改革を経て現在のような普通選挙になりました。
日本では明治、大正時代を通じて普通選挙制度が徐々に普及しましたが、今のように、女性を含めて、一人一票の完全な普通選挙制になったのは戦後、新憲法になってからです。だからその歴史は浅く、今後もいろいろな試行錯誤を繰り返しながら改善されていくべきものだと言えます。
諸外国の例を見ても、一口に選挙に基づく民主主義制度といっても実態はさまざまです。例えば、現在のロシアのように形式上大統領選挙制をとっているものの、プーチン氏が20年余にわたって大統領に居座っている国、北朝鮮のように完全に金一家の世襲制なのに、国名ではちゃっかり「朝鮮民主主義共和国」(DPRK)を名乗っている国など。
また、変わったところでは、昔インドネシアで、独立後長年政権を担当したスカルノ大統領(日本のテレビなどでおなじみのデヴィ夫人の夫)は、「指導された民主主義」(Guided Democracy)の提唱者として有名でした。しかし彼自身、最後はクーデターに遭い失脚しました。
このほかにも民主主義のチャンピオンとうたわれた政治家や英雄は東西古今多数いますが、百点満点の民主主義を実行した国や政治家はいまだかつてどこにも存在したことがありません。人類永遠の課題と言えましょう。
翻って、現在の日本の状況についてですが、アメリカとは別の意味で、民主主義の危機が迫っているように思われます。とくにこの半年ほどは、自民党の「裏金」問題で政界は大騒ぎで、今回の総選挙でも最大の争点になり、そのため石破・自民党は大敗しましたが、この窮地を自民党がどう切り抜けられるかが注目されます。
この問題の根底には、政治に金がかかり過ぎるという現状があると思いますが、実際に選挙活動にどのくらいかかっているかははっきりしません。また、選挙のたびに、明らかに売名目的とみられるような無責任な候補者が現れますが、この対策も考える必要があります。
昔から「猿は木から落ちても猿だが、代議士は落選したらただの人だ」(元自民党副総裁の大野伴睦の名言)と言われますが、当選するためには知名度が不可欠で、そのためには「悪名も無名よりまし」とばかり、故意に奇矯な振る舞いをする人もいます。こういう人に立候補させない手立ても必要でしょう。(一つの対策として、各自治体の選挙管理委員会が事前に面接して篩にかけるとか)
他方、日本の政治家の報酬は世界でも最も高い部類に属するといわれ、ある調査によれば国会議員の平均報酬は約3000万円で世界第3位(1位はシンガポール、2位はナイジェリア)。これを大幅に減額せよという声が強いものの、国会議員の報酬額については当然国会による法改正が必要で、実現は容易ではなさそうです。
ただ、仮に大幅減額するにしても、角を矯(た)めて牛を殺す結果になってはいけません。とくに議員の政策立案能力を高めるための経費は必要で、例えば、米国議会のように議員立法を助けるための専門スタッフ集団を設けることが理想的でしょう。私も現役時代、訪米するたびにワシントンDCの連邦議会付属の議会調査局(CRS)でいろいろな専門家に会い、意見交換しました。彼らはほぼ全員博士号か修士号を持ち、立法作業の経験も豊富で、連邦議会を裏でしっかり支えているとの印象を受けました。
日本のように、当選回数の少ない若い政治家が、次の選挙に備えて東京と選挙区の往復で時間を取られ、十分勉強もしていられないようでは政治の質が向上するはずがありません。昔からよく言われるように「(選挙に)出たい人より出したい人」が立候補できるようなシステムを創り出すための工夫が求められます。
さらに、日本の場合、政治家の世襲の問題があります。例えば、現行憲法の下で内閣総理大臣になった政治家は石破茂氏までで34人。その中で、2親等内の親族(祖父母、父母、兄弟姉妹、子、孫)が国会議員である、または、あった政治家は実に26人もいます(石破氏の父は鳥取県知事、衆院議員、祖父も知事経験者)。私は世襲政治家が一概に悪いとは思っておらず、要は当人の実力があるかどうかだと考えています。ただ、知名度の点で世襲政治家が有利なのは明らかなので、ある程度の制限(ハンディキャップ)を課すのは良いと思います(例えば、父親と同じ選挙区からの立候補は一定期間禁止するなど)。
私は国内政治や選挙制度の専門家ではないし、いまさら公職選挙に出る気もありませんが、一人の有権者として関心はあるので、これらの点についても、別の機会にさらに論じてみたいと考えています。
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