田原市のサッカーのこれまでとこれからについて、今年度で退任する小笠原友司理事長に話を聞きました。
―田原市のサッカーは、豊橋や豊川など他の地域とは違った環境だと聞きましたが、具体的には?
◆人口が他市よりも少ないことから、サッカーファミリーの数が少ないことが挙げられます。そのため小学生年代のサッカークラブは「TAHARA FC」の1チームとなっています。この状況は田原市サッカー協会設立から30年たった現在も変化ありません。また市内の小中学校、高校のいずれにもサッカー部がなく、他の東三河各市とサッカー環境は大きく異なっています。
―サッカー部がない状況で、30年間の協会運営はどのようなものだったのでしょうか?
◆かつてはトヨタ自動車田原工場に勤務する若者が県内外から集まり、田原市社会人リーグの選手として活動が盛んな時期がありました。その中から少年クラブの指導者が生まれ、やがて親になりその子どもが少年クラブに入ってくるサイクルができるようになってきました。協会設立からの長い間、田原市サッカーの第一人者である彦坂高司会長の尽力があったからこそ、こうしたサイクルがようやくできあがったところです。
―では、今後の展望をお聞かせください。
◆テクノロジーを活用した未来志向の取り組みとして、ドローンによる上空からの撮影で試合中の選手の動きを分析する実証実験をしました。これから本格的に到来するAI時代に対応していくために、こうしたテクノロジーを効果的に使っていきたいと考えています。その中からプロになるような選手が誕生するといいですね。
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