三河市民オペラ(以下、「三河」)は数ある市民オペラでも特殊な存在で、それは「制作委員会」の働きに帰するところが大きい。
制作委員会のメンバーが地元企業経営者らに頭を下げて回って公演の資金をかき集め、チケットを売り、マイカーを出して出演者や関係者の送迎運転手もこなし、当日は「携帯電話のスイッチをお切りください」というプラカードを持って客席をくまなく歩き、公演中に高級ホテルのドアマンよろしく、扉の前に立ったまま舞台を見守る彼らの姿には、ワーグナーのオペラ「タンホイザー」の巡礼の合唱が聴こえくるような崇高さすら感じるのだ。普段オペラとは縁のない人たちがそれらを手弁当で務めているのである。「熱い感動を生み出す」というつかみどころも捉えどころもないようなことを目標として、いい歳をした(失礼)大人たちが一丸となっているところこそが「三河」が他の市民オペラと違う点だ。
新国立劇場をはじめとした公立の劇場、年に数回のオペラ公演を打ち続けることが求められる、いわゆるプロのオペラ団体は、毎月のように次の作品のキャスティング、準備、稽古そして公演を繰り返す。「三河」は数年に一度だからこそ、これだけのことができるのであって、そこを同列に語ることはできない。だが、東京や関西圏を中心に活躍する歌手たちが、こぞって「三河」の公演オーディションに、新幹線代を払ってまで集まってくるというのは、他の市民オペラではまず見られない現象である。出演者たちを触発するのは、制作委員会メンバーが醸し出す「やる気」と「本気」である。
成功を重ねれば重ねるほど、そこに期待と責任が生まれてくる。事前に出演を依頼する指揮者、演出家、数名の歌手たち以外については、公明正大なオーディションを行わねばならない。地元の合唱団やオーケストラ、舞台のみならず手を貸してくださる数多のスタッフの方々とも熱意を共有して活動しつづけること、国内外の他団体からノウハウを聞かれれば、それをつまびらかにしていくこともこれからもっと求められるだろう。それが、衰退しつつあることを否めない「日本におけるオペラの存続」に直結しているのが今の「三河」の立ち位置である。
「三河」はこれまで「魔笛」「カルメン」「トゥーランドット」「イル・トロヴァトーレ」「アンドレア・シェニエ」と公演を重ねてきたが、オペラというもののも魅力を地元のお客さまに知っていただき楽しんでいただくためという目的のもと、日本人歌手が歌うには重すぎるレパートリーに向かって舵を切ってきた。集客力という点で、大きなオペラ作品を採り上げることは大事な要素ではある。だが、重いものばかりが素晴らしいオペラというわけではない。歌舞伎でも「勧進帳」や「暫」のような様式美の時代物もあれば「髪結新三」や「廓文章」などの世話物があるように、どちらかがお好きな方もあれば、同じ役者さんがどう演じ分けられるかを楽しみに劇場にいらっしゃるお客さまもある。「風の谷のナウシカ」のような新作物に若い観客が押し寄せることもある。
オペラ関係者と「お客様をなめるな」と話すことがあるのだが、「難しいものはわからないだろう」「有名なものを掛けていれば安全だろう」という発想はとんだ筋違いだということを「三河」は「アンドレア・シェニエ」で証明して見せた。いわば通好みの「シェニエ」で普段オペラをご覧にならないお客さまを感動の渦に巻き込んだのである。
さてここからの「三河」が、演奏家の「一度は手掛けてみたい」という身勝手な都合に振り回されるのではなく、どんな自分たちの基準を持って、どこに向かっていこうとするのか。私はそれをとても楽しみに見ている。
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東京藝術大学卒業後7年間在伊。帰国後、執筆活動、歌手のサポート、録音プロデューサー、文化庁の審査員などを務める。著書に「イタリア・オペラ・ガイド」。
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