【豊橋商剣道部】古豪の歴史に幕 最高位「範士」と元帰宅部の部員、50歳差の“最後の稽古”

2026/07/17 00:00(公開)
畠山八段㊧と細井さん=豊橋商業高校で
畠山八段㊧と細井さん=豊橋商業高校で

 6月下旬、豊橋商業高校の道場で、今年5月に剣道界の最高位「範士」となった同校剣道部の外部講師、畠山隆吉八段(73)と、最後の部員の細井颯太さん(3年)が、竹刀を構え向き合っていた。細井さんが踏み込み、畠山八段が面を打ち返した。3年間続いた師弟2人だけの最後の稽古だった。

 

 部は1958年に国体で優勝するなどした古豪だが、部員減少により現在は同好会扱いに。今年も新入部員はおらず、細井さんの卒業とともに歴史に幕が下りる。

 

 細井さんの剣道との出会いは顧問の畠山由香教諭の誘いだった。入学後の4月、クラスで「剣道部誰か入って」と呼び掛けられた細井さんは「僕入ります」と応じた。小学校、中学校は帰宅部で「逃げ続けてきた人生。将来のために自分を変えたい」と門をたたいた。細井さんを指導したのは、50歳以上年の離れた畠山八段だ。高校総体個人3位などの実績を残し、県警の「特別訓練員」として入庁し、全日本剣道選手権に2回出場するなど活躍した。48歳で八段に昇段。今年5月に東三河で2人目の範士となった。

 

 畠山八段は、細井さんの第一印象を「弱々しい」と感じたという。当初は雑巾がけや素振りなどの基本動作を徹底してたたき込んだ。驚いたのは誕生日に「稽古をつけてほしい」と自ら願い出たことだ。厳しい鍛錬を欲する姿勢に、畠山八段は「こんな子初めてだ」と目を細めた。厳しく注意することもあった。母の送迎を当然とする細井さんに「親への感謝を忘れず、言葉にしなさい」と諭すと、細井さんは素直に従い、やがて車内で「ありがとう」と伝えられるようになった。母から感謝の手紙が寄せられ、剣道が「人間形成の道」であることを再認識した。

 

 3年間の集大成となった5月の東三河大会。「緊張で1カ月ほど前から眠れなかった」と振り返る細井さんは、初戦で敗れた。しかし、畠山八段から「これが俺の代わりだ」と授かったのし袋を懐に、「逃げずに食らいつく」という執念で最後まで戦い抜き、「悔いはありません」と語った。畠山八段は後に試合動画を見て「自信なさげだな」と笑いつつ、「次の人生に生かしてほしい。就職先で『細井はしっかりしとるな』と言われるように頑張って」と激励。さらに「人に勝つより自分に勝て」「修行の成果は他人が教えるのでなく、自分自身で体得するもの」という意味の「冷暖自知」を贈った。細井さんは「仕事で立派に成長した姿を見せて恩返ししたい」と誓った。

 

 授与まで26年を要した「範士」について、畠山八段は「名誉ではなく、人から『いい剣道をしている』と言われるのが一番。私も彼からどうやって人を育て、導いていくかを学んだ。ありがとう」と締めくくった。

 

稽古する2人
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北川壱暉

 1998年浜松市生まれ。昔からの夢だった新聞記者の夢を叶えるために、2023年に入社した。同年からスポーツと警察を担当。最近は高校野球で泥だらけの球児を追いかけている。雨森たきびさん(作家)や佐野妙さん(漫画家)らを取り上げた「東三河のサブカルチャー」の連載を企画した。読者の皆さんがあっと驚くような記事を書けるように日々奮闘している。趣味はプロ野球観戦で大の中日ファン。

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