県立豊橋商業高校の創立120周年の記念式典が8日、豊橋市草間町の「アイプラザ豊橋」で開かれた。在校生や来賓、関係者ら約840人が節目を祝った。
同校は1906年に開設された私立豊橋商業学校が原点。その後、豊橋市立への移管や幾度もの校名変更などを経て、51年に現在に至る。
式典では、同窓会長の田辺憲一さんから間瀬泰宏校長へピッチングマシンなどの目録が手渡された。間瀬校長は「少子化や公立校離れが進む中、時代の変化に合わせて最高峰のビジネス教育を展開し、伝統校から名門校へと脱皮を図る」と力強くあいさつ。続いて生徒代表の天城零矢さんが「先輩らが築いてきた伝統を未来へつないでいく」と誓いの言葉を述べた。
記念講演では元プロ野球選手の谷沢健一さんが登場し、波乱に満ちた野球人生を振り返った。ドラフト指名を受けながら大学進学を選んだ際のエピソードでは、「早稲田に行きたい」と相談した進路指導員には「無理だ」と言われたが、英語教員から「一番勉強ができる友達をつくり、やり方を教われ」と助言を受け、1日10時間猛勉強したという。その後早稲田大学第二文学部に合格。大学生活では、講義で女優の吉永小百合さんと一緒になった思い出などを振り返った。
プロ入り初打席の巨人戦では「王貞治さんや長嶋茂雄さんのV9メンバーを前にブルブル震えた」というが、デビュー戦で4三振していた長嶋さんの顔を見て緊張がほぐれ、初安打を記録。1976年の張本勲さんとの首位打者争いでは「結果を先に考えると駄目。これまで打ってきたようにやろう」と挑み、最終戦、全日程を終えていた張本さんを抜くために「4打数3安打」が絶対条件の中、第4打席で中前安打を放って逆転首位打者を決めた。「ファンは本塁打や打点を求めている。主軸はこの数字が当たり前と言われ、当時は年俸もあまり上がらなかった」と苦笑いを見せる一幕もあった。
現在は野球解説者として活躍するかたわら、社会人野球クラブチームの運営や野球教室を行うなどアマチュア指導に励む。最後に「先生を頼り、友達をつくり、本を読んで豊かな人生を満喫してほしい。主役は皆さんだ」と生徒らにエールを送った。
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1998年浜松市生まれ。昔からの夢だった新聞記者の夢を叶えるために、2023年に入社した。同年からスポーツと警察を担当。最近は高校野球で泥だらけの球児を追いかけている。雨森たきびさん(作家)や佐野妙さん(漫画家)らを取り上げた「東三河のサブカルチャー」の連載を企画した。読者の皆さんがあっと驚くような記事を書けるように日々奮闘している。趣味はプロ野球観戦で大の中日ファン。
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