豊川幼児殺害事件 一日も早く再審開始を
2002(平成14)年の豊川幼児殺害事件で有罪が確定した田邉雅樹受刑者の弁護団が今月、名古屋高裁に田邉氏の無実を示す新証拠資料を提出した。次々と明らかになる検察側の主張の矛盾に、冤(えん)罪の線が色濃い。高裁は「真犯人は別に存在する」という恐ろしい可能性と向き合い、一日も早く再審を開始すべきだ。
15日に提出した証拠は、田邉氏が被害男児を誘拐していないことを示す資料だ。田邉氏が乗っていたワゴンRと同型車で、助手席に敷いた綿布に男児の体重と同じ10㌔の米袋を置き、供述調書通りのルートを走行。警察が実際に捜査で使った粘着テープで残留物を採取すると、390以上の小さな繊維片が付着していた。当時、検察は「田邉氏の車からは被害男児に結び付く物的証拠は見つからなかった」としており、弁護団は「田邉氏が無実という何よりの証拠だ」と主張する。
田邉氏は「(男児は)泣きわめいて動いていた」とも供述したとされる。7月末の暑い夜だけに、一般的に考えれば、着ていた甚平の繊維片だけでなく、毛髪や汗などの体液も残っていて当然だ。一切痕跡がないというのは、不思議でならない。
事件当夜、田邉氏は略取現場のゲームセンター駐車場にいたことは認めているが、「ずっと寝ていた」と主張している。当時の妻と折り合いが悪く、夜は自宅を追い出され、各地で車中泊を繰り返していた。
田邉氏は一度は犯行を自白したが、裁判が始まると撤回。無罪を主張し続けた。田邉氏や弁護団は、警察の高圧的な取り調べに耐え切れずに自白し、誘導尋問で供述調書が作られたと主張する。逮捕後、真犯人でしか知りえない「秘密の暴露」は皆無。それどころか、供述内容に事実と符合しない矛盾点が浮上すると、検察が供述内容を変える始末。そもそも若者がまばらにおり、8割が埋まった駐車場で、8㍍も離れた車にいた泣き叫ぶ幼児を窓から抱きかかえ、連れ去る行為さえかなりの冒険だ。目撃証言は一切ない。
2006年の1審で、田邉氏に無罪判決を言い渡した名古屋地裁の裁判官らは実際に略取現場や殺害現場を視察し、自供内容に疑問を抱いた。しかし、翌年に逆転有罪判決を下した名古屋高裁の裁判官は、現場に足を運ぶことさえしなかった。
後藤昌弘弁護団長は、今回の車の残留物の採取実験について「裁判所の立ち合いの下、再実験ができる」としている。
田邉氏が自白したのは事実だが、犯行を裏付ける決定的な証拠がないのも事実。もし、田邉氏が無実なら…。それは、男児を殺害した真犯人が別におり、我々の身近で生活しているかもしれないということ。もしそうなら、冷酷な真犯人を野放しにし、罪もない田邉氏の人生を奪った検察、司法の罪は重い。
再審開始を求める署名は6000人分を超えた。息子を信じ続ける田邉氏の両親も高齢だ。司法は一刻も早くこの事件と真剣に向き合い、再審を始めなければならない。
(由本裕貴)