「背番号とユニホームを預かってください」。6月のある日、豊橋中央3年の成瀬太陽選手は真剣なまなざしで、萩本将光監督の前に立った。練習試合で犠打を失敗し、結果は見逃し三振。求められた役割を果たせず、監督から「メンバーから外す」と告げられた直後だった。「『ここで終わるんだ』と思うと、自分の不甲斐なさが許せなかった」と回想する。
背番号のついたユニホームを差し出した成瀬選手に、萩本監督は「そんなことするな」とだけ告げた。その一言で目が覚めた。「足りなかったところを直して、はい上がるだけだ。萩本さんに求められているプレーができるように」。そう言い聞かせ、再び練習に没頭した。犠打の基本動作を反復したり、夜遅くまでバットを振り込んだりした。
成瀬選手と萩本監督の出会いは中学時代。オープンキャンパスで野球部を見学したのがきっかけだ。選手たちの響き渡る声と活気に圧倒され「この雰囲気で野球をやりたいと思った」という。萩本監督の「選手は子ども。全員家族だ」という思いに強くひかれ「甲子園に萩本さんと行きたい」と入学を決意した。1年夏からベンチ入り。広い守備範囲を誇る中堅守備と小技でチームに欠かせない存在となった。
愛知大会準々決勝の杜若戦では、成長した姿を見せつけた。三回、二死三塁で先制となる中前適時打。外角の球をバットの先で何とか当てた。萩本監督の「きれいな安打じゃなくていい、泥臭い野球をやれ」という言葉を胸に放った一打だった。「自分の役割を考えて、相手が嫌がることができた」と満面の笑みで振り返った。
初の舞台で頂点を目指す夏が始まる。課題は打撃の波を減らすこと。「調子が悪い時でも役割を果たせるように」と、甲子園開幕後もトス打撃やマシン打撃で欠かさず調整を続けている。5日の練習では安打性の当たりを見せた。調子は良さそうだ。憧れのイチローさんのように「外野守備でもチームに貢献したい」と話す。
「支えてくれたメンバーや監督、家族に感謝して、いつも通りの中央野球で楽しんでやっていきたい」。預ける覚悟を示したユニホームを着て、泥臭く駆け回る。
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1998年浜松市生まれ。昔からの夢だった新聞記者の夢を叶えるために、2023年に入社した。同年からスポーツと警察を担当。最近は高校野球で泥だらけの球児を追いかけている。雨森たきびさん(作家)や佐野妙さん(漫画家)らを取り上げた「東三河のサブカルチャー」の連載を企画した。読者の皆さんがあっと驚くような記事を書けるように日々奮闘している。趣味はプロ野球観戦で大の中日ファン。
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