皆さんはタイと聞いてどんな情景を思い浮かべるだろうか? 涅槃(ねはん)像で名高いワット・ポーのような寺院、アユタヤ遺跡の間をゆったり歩く象たち、通りに立ちのぼるタイ料理の香り。そんな「典型的なタイ」は今なお健在で、多くの観光客を魅了してやまない。
だが一方で、タイ、特にバンコクは近年目覚ましい経済成長を遂げた。都心には目もくらむような高層ビルが立ち並び、その谷間を縫うように高架鉄道が走り抜ける。屋台ではスマートフォンのアプリでカオマンガイを買い、別のアプリで電動トゥクトゥクやバイクのライドシェアを呼ぶ。それが今のバンコクでの日常風景である。
物価も変わった。日本でもおなじみの大手コーヒーチェーンのアイスコーヒーは120バーツ。円換算でおよそ540円と、日本と大差ない。そう、もはやタイは「物価が安い東南アジア」ではなくなっているのだ。日本人観光客にとっては円安も加わり「高い」という印象だが、現地で暮らす人々にとっても決して安くはない。例えば、そのコーヒーチェーン店の求人ページに掲載されているアルバイトの時給は60バーツ。つまり、2時間働いてようやく自分たちの売るコーヒーを買える計算だ。
バンコクから離れれば、さらに深刻である。タイの北部や東北部では月収1万バーツ(約4万5千円)に満たない層が4分の1近くを占める。一方で、都心には高級外車を何台も持つような富裕層が多数存在しており、彼らからすればコーヒーに支払う120バーツなどは取るに足らない金額である。経済成長の裏で、所得格差の影はますます濃くなるばかりだと感じる。
それでも、街を歩く人々の表情からはあまり悲壮感が感じられない。屋台には20バーツのコーヒーがあり、フードコートに行けば50バーツでお腹は満たせる。有名チェーン店の120バーツのコーヒーや250バーツのハンバーガーセットはあくまでぜいたく品であり、日常の必需品ではない。だからこそ、普段から必要以上に背伸びすることもない。自らの暮らしを大きく見せることなく、飾らず、でもたまのご褒美にちょっとだけぜいたくをしてみる…バンコクの高層ビルの合間で、今日も微笑みながら日々を着実に生きる人々がいる。
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