昨秋のプロ野球ドラフト会議で指名漏れした豊川高校出身の中西浩平投手(18)が、北関東の強豪、上武大学で再出発した。一度野球をやめることまで考えたが、恩師や家族の言葉を糧に「3年後のドラフト上位指名」を目指す。
【北川壱暉】
長谷川裕記監督との縁は中学時代。別の選手の視察に訪れた監督から指先の感覚を評価されスカウトされた。入学当初は「ちゃらんぽらん」で、遊撃手から投手への転向を告げられた際は「嫌で仕方なかった」と話す。だが、同学年で転向組の平野将馬投手の存在や「睡眠と学校以外の8時間をどう使うかで野球人生が変わる」という教えで意識が変わった。全体練習後も筋トレに励み、体重は入学時の60㌔台から88㌔まで増えた。1年秋からベンチ入りし、主力として台頭したが、2年春のセンバツの阿南光(徳島)戦では4番手で登板し5失点を喫した。
それでも、一学年上のモイセエフ・ニキータ選手(東京ヤクルトスワローズ)が支えになった。「シート打撃で対戦して自分の力を確かめた。プロが身近になり、次は自分もという気持ちになった」とプロが夢から目標に変わった。3月の練習試合で150㌔を計測したが、3年春に右ひじを痛め、最後の夏は県予選5回戦で敗退した。
ドラフト当日、中西投手は学校のモニターを長谷川監督や両親とともに見守った。張り詰めた空気の中、指名を待ち続けたが、最後まで名前が呼ばれることはなかった。会場が静まり、目標を見失った中西投手は、直後に両親へ「正直、その時は野球をやめようかなと思った」と絞り出すように打ち明けた。しかし両親から「それでいいんか?」「お前には野球しかないやろ」と一喝された。長谷川監督からも「大学で足りないものを磨き上げれば、上位で選ばれるものを待っている」と言葉をかけられた。1週間ほど野球を離れた中西投手は「結果で恩返しをしないといけない。自分には野球しかない」と決意を固め、再始動した。
現在は、谷口英規監督の「4年後もう一度プロを目指してみようや」という熱い言葉にひかれ進学した上武大学で、主戦を目指す。課題の制球力向上へフォーム修正をしつつ「真っすぐ1本で抑えられるピッチャーになりたい」と話す。モイセエフ選手らかつての仲間とプロで再会することを目標にしている。
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1998年浜松市生まれ。昔からの夢だった新聞記者の夢を叶えるために、2023年に入社した。同年からスポーツと警察を担当。最近は高校野球で泥だらけの球児を追いかけている。雨森たきびさん(作家)や佐野妙さん(漫画家)らを取り上げた「東三河のサブカルチャー」の連載を企画した。読者の皆さんがあっと驚くような記事を書けるように日々奮闘している。趣味はプロ野球観戦で大の中日ファン。
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