【陸上男子400M】「補欠」だったパリの悔しさをばねに 豊橋出身・吉津拓歩、名古屋で「アジア切符」つかむぞ

2026/06/13 00:00(公開)
大舞台を目指す吉津選手(いずれも提供)
大舞台を目指す吉津選手(いずれも提供)

 9月の「第20回アジア大会」選考会を兼ねた「第110回日本陸上競技選手権」の男子400㍍決勝が14日、名古屋市瑞穂区の「パロマ瑞穂スタジアム」で行われる。挑むのが、県立豊橋南高校出身の吉津拓歩選手(27)=ミキハウス=だ。「走れなかったパリ五輪」の悔しさを胸に刻み、記録を伸ばし続けてきたランナーが、故郷の地でアジアへの切符を掴みにいく。

 

 五輪シーズンの2024年は、うれしさと挫折を味わった。出雲陸上(4月)と日本選手権(6月)の400㍍で自己新を更新し、パリ五輪の1600㍍リレー選手に選ばれたが、本番は補欠となった。チームスタッフが集まった最初のミーティングで「吉津は使わない」という無情な決定が伝えられた。だが、表情には出さず「第4走だったら僕が行きたい。1走、2走だったらスピードのある川端魁人選手の方が上」と意見するなど、チームがどうしたら勝てるかを考えていた。「調子が良かったのでもちろん悔しかったし、送り出してくれた人には申し訳ない気持ちがあったが、スタッフを信頼していた」と振り返る。

 

 学生時代から「5人でチーム」という信念を持っている。「5走が速ければ速いほどチームは強くなる。自分がチームの勝利のために必死な姿を見せれば、正規メンバーは抜かれないように上に行こうとする」。補欠という立場に回されても、もしもの事態に備えて練習を続けた。

 

 チームは予選で2分59秒68の日本新記録を出し、全体2位で決勝に進出した。スタンドにいた吉津選手は「この走順がベストだったという思い、自分がここにいない悔しさが渦巻いた」と振り返る。決勝は、予選の記録を1秒15更新する2分58秒33で6位。アジア新記録も樹立した。吉津選手は「ファンとして見入ってしまった。これだけ速くてもメダルに届かないのかという気持ちが大きかった。同時に、あの4人と互角に戦えていた自分のここまでは間違いではなかった。だからこそ走れなかったのが悔しかったし、イライラしていた」と明かす。

 

 自宅までの帰り道、隣に座っていた仲間に「次は走るぞ」と声を掛けられた。メンバーでリオデジャネイロ五輪で同じ経験をした佐藤拳太郎選手だ。「ようやく前を向けた。次こそはという思いが強くなった」と感謝する。「5人目は自分だけにしか見えていない景色。でも次は必ず走る。そのために今できることを全力で積み重ねるしかない」と決意が固まった。

 

 大会後、上半身の強化に取り組み、序盤からのスピード強化に取り組んだ。「僕は後半型。でも世界では前半から飛ばせるかが勝負になる。だからスピードを磨かないといけなかった」と語る。昨年、その成果が出始める。7月の日本選手権の400㍍で自己新の45秒40をマークし4位。9月の世界陸上は男女混合1600㍍リレー決勝の第1走者に抜てきされ、3分17秒53で過去最高の8位入賞に貢献した。「こんな大歓声は初めてで感動した」と振り返る。一方で「単純に自分がまだまだ弱い。世界で戦うためには、もっともっと力をつけていかなければならない」。

 

 アジア大会は目前だ。「豊橋や名古屋で応援してくれる人たちの前で走りたい。絶対に個人、リレーで代表に入り、結果を残す」と意気込む。その先には28年ロサンゼルス五輪が控えている。あの日、パリのスタジアムに響いた大歓声の中で、吉津選手は「5人目」として仲間を支えた。悔しさを力に変え、豊橋市出身のランナーは大舞台を目指す。

続きを読む

購読残数: / 本

この記事は登録会員限定です
この記事は有料購読者限定記事です。
別途お申し込みをお勧めします。

北川壱暉

 1998年浜松市生まれ。昔からの夢だった新聞記者の夢を叶えるために、2023年に入社した。同年からスポーツと警察を担当。最近は高校野球で泥だらけの球児を追いかけている。雨森たきびさん(作家)や佐野妙さん(漫画家)らを取り上げた「東三河のサブカルチャー」の連載を企画した。読者の皆さんがあっと驚くような記事を書けるように日々奮闘している。趣味はプロ野球観戦で大の中日ファン。

最新記事

日付で探す

光生会 さわらび会 蒲郡信用金庫 荒木工務店 住まいLOVE不動産 藤城建設 虹の森
東三河に特化した転職サポート ひとtoひと hadato 肌を知る。キレイが分かる。 豊橋法律事務所 ザ・スタイルディクショナリー 全国郷土紙連合 穂の国