「図書館司書のエプロン」というキーワードがX(エックス)でトレンド入りした。6月に公開された愛知大学人文社会学研究所の論文「なぜカウンターの図書館員はエプロンをするのか―1950~1980年代の図書館員の服装について―」が注目されているのだ。執筆者は田原市図書館司書の村上由美子さん。図書館員がエプロンをし始めた経緯と背景を解き明かしている。
図書館員と聞けば、エプロンを着用している姿を思い浮かべる人が多いだろう。フリー素材集のイラストでも、図書館の司書は男女ともにエプロン姿で描かれている。だが論文によると、近代以降の図書館でエプロンが必須だったわけではないのだという。
1950年代から60年代の図書館員の服装は「私服か制服」であり、エプロン姿は見当たらないのだそうだ。当時の文献にはエプロンは「普通は家事のための実用品として使用され、家庭以外では着用されない」とあり、カウンターという「表」に出る際にするものではないという認識があった。しかし、70年代半ばに入るとエプロン姿の写真やイラストが現れ始め、80年代には職場での着用が定着していく様子がうかがえる。
エプロン導入の理由について、当時の図書館員へのインタビューからは「親しみやすさ」「機能性」「視認性」の3点が浮かび上がった。元江東区立図書館の職員は「支給された制服を着なかったのは、役所っぽいから。嫌いだった。開かれた図書館にそぐわないと思った」と語り元堺市立図書館の職員も「役人になったらあかん」「エプロン導入後、親しみが出てきたと市民の声があった」と明かしている。お役所的なイメージを払拭し「開かれた図書館」を目指す現場の意志があったことが分かる。
また、貸出や配架などの業務は肉体労働であり、元名古屋市図書館の職員が「就職当時の制服は図書館用ではなく、市・区役所職員と同じ『事務員服』でした。(中略)児童の行事や返本書架整頓はもちろん、窓口でも動き回ることが必要な図書館業務には全く不向きでした」と証言するように、実務上の機能性もエプロンへの移行を強く後押しした。
こうした変化の背景には、1960年代後半からの図書館業界の転換があるという。「中小都市における公共図書館の運営(中小レポート)」では「図書館業務のすべては住民に奉仕する現場、カウンターから出発するという考え」が打ち出され、伝統的な館内閲覧から貸出中心のサービスへとかじを切った。加えて、70年代半ばには女性図書館員の割合が半数を超えた事実があり「従来のエプロンのイメージであった主婦や母の姿を重ね合わせ、人はそこに『優しさ』や『温かさ』『親しみやすさ』を見出している」と村上さんは記す。女性性にもたれかかった親しみやすさが機能していた側面もあるという指摘だ。
論文の結論として村上さんは、図書館がより住民に向けたサービスを進めようと「館内閲覧から貸出重視へ転換し、女性図書館員が増加し、といった大きな変化が、図書館員の服装においてはエプロン着用に現れた、と言える」とまとめている。一方で、非正規雇用化が進む現在の図書館のカウンターで、エプロン着用が「誰でもできる定型的な仕事というイメージ」を助長し、現場で働く人々への「軽視」を深めてしまったのではないかという懸念も示している。
村上さんは2023年に「1963年から1965年の東愛知新聞に掲載された図書館・読書に関する記事について」という論文を執筆するなど、公共図書館の役割や実態に関する調査を続けている。
エプロンに関する論文は愛知大学内のサイトで読める。
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1967年三重県生まれ。名古屋大学卒業後、毎日新聞社入社。編集デスク、学生新聞編集長を経て2020年退社。同年東愛知新聞入社、こよなく猫を愛し、地域猫活動の普及のための記事を数多く手掛ける。他に先の大戦に詳しい。遠距離通勤中。
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