【連載】美とリズム 古橋紀子の世界㊦情熱は今も

2026/08/21 00:00(公開)
華やかな舞台(提供)
華やかな舞台(提供)

 宝塚歌劇団を退団後、帝国ホテルでのディナーショーを成功させ、東宝から残留を強く要請されたものの、故郷の豊橋へ帰る道を選んだ。脳出血で倒れた父の介護と、一人残された母を支えるためという、長女としての責任感からだった。

 

 しかし、地方都市でフラメンコという芸術を根付かせることは、もう一つの未知なる挑戦であった。帰郷後、長嶺ヤス子との共演という選択肢を退け、自らの力で教室を立ち上げる。豊橋、名古屋、そして浜松。精力的に指導の場を広げ、特に名古屋では「古橋紀子アカデミア」を実に53年間にわたって主宰し続けた。

 

 教室での誠実な姿勢が評価され、後に朝日新聞社や名古屋テレビなどの大手メディアによる強力なバックアップを得ることとなり、その活動はさらに社会的な広がりを見せていく。

 

 追求したのは、単なる酒場の民俗舞踊としてのフラメンコではなかった。それは、幼少期から培ったクラシックバレエの確固たる基礎と、宝塚で学んだ美意識を融合させた独自の「劇場フラメンコ」だった。

 

 ジプシーの血を持たない日本人が、現地の模倣にとどまらず、自らの「ナイーブな品性」と高い芸術性をもって昇華させた舞台。演出、構成、振り付け、衣装。そのすべてを自らプロデュースするその情熱は、国内外で高く評価された。

 

 その多才さは、ジャンルの垣根をも容易に飛び越えた。1992年のバルセロナオリンピックでは、シンクロナイズドスイミングの日本代表選手の振り付けを担当。スペイン・マドリードの象徴をテーマに、斬新な演出を考案した。さらに、名古屋二期会のオペラ「カルメン」での舞踊出演など、クラシック音楽界とのコラボレーションでも強烈な印象を残した。

 

 2019年、プロ生活約60年の集大成として、豊橋で記念すべきディナーショーが開催された。実に20年ぶりに本格的なステージに立ち、闘牛士の息吹を伝える名作「ファルーカ」を披露。舞台にすべてをささげるその姿は、観客の涙を誘ったという。

 

 半世紀以上にわたり、厳しくも深い愛をもって門下生を育て上げた名古屋の教室は、時代の移り変わりとともに幕を閉じたが、その情熱が衰えることはない。たとえ華やかなステージ衣装を脱ぎ、スラックスの姿になろうとも、言葉と心で、今もなお踊り続けている。

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 よく笑い、冗談も飛び出す楽しい取材を終えた。別れのあいさつをした。背筋が伸びた美しい後ろ姿を見守った。

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山田一晶

1967年三重県生まれ。名古屋大学卒業後、毎日新聞社入社。編集デスク、学生新聞編集長を経て2020年退社。同年東愛知新聞入社、こよなく猫を愛し、地域猫活動の普及のための記事を数多く手掛ける。他に先の大戦に詳しい。遠距離通勤中。

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