ある日本文化に関心のある西洋人の方と話していた時に彼が語っていた言葉が印象に残っています。それは、「今の日本人はみんな、昔のことや歴史から切断されている。」という言葉です。
ところで、連日、テロ事件や独立運動がニュースで頻繁に報道されているように、現在の国際社会では、進展するグローバリズムに対する反動として民族主義やナショナリズムの嵐が吹き荒れています。こういった「想像の共同体」の嵐に対抗するためには、自分自身が所属する社会の文化や地域、先祖の本当の歴史を知ることが最も有効だと言われています。ところで英語の「パトリオティズム」とは、誤解されている方も多いのですが、本来は、<愛郷精神>とか<郷土愛>のことを言います。この言葉は、「日本国民」というような抽象的な概念ではなく、地元の「土」に根ざした「ローカリティ」を意味しています。
その意味で、興味深いことですが、フランスで絶賛され、国際的に評価されている豊橋出身の松井守男画伯の面相筆で繊細に表現された絵からもローカリティを十分感じ取ることができます。それを評論家はフランスで培われた感性と、日本人としての生まれながらに備え持った精神世界の融合が、キャンバスに解き放たれる独自の世界と言う表現をしています。
しかしながら、現在、近代の歴史のなかで、日本人の歴史、伝統文化に対する理解が底の浅いものになり、日本人全体の知そのもののあり方すら、問われるようになってきています。1960年代の高度成長時代に導入された偏差値教育によって国民一人一人の考える力もかなり削がれてしまいました。また、斎藤 孝明治大学教授が指摘するように日本人の身体意識も大きく変わってきました。ハラを中心にした丹田の感覚が消え、「腹が立つ」が「頭にくる」に変わり、「キレる」という身体のどこだかわからない感覚になってしまっています。
太平洋環火山帯に位置する日本列島は南北に長く、多種、多様な気候、風土の土地柄です。もともと三河と尾張では文化が違っているのが、日本でした。明治維新時に西洋列強に対抗するために国家という概念を創造し、戦争に到る歴史が日本の近代史ですが、近代化やグローバリズムによって希薄になってしまった共同体意識を取り戻すためには、新たな形で郷土愛を復活させる必要があります。松井画伯のように、本当の意味で異文化や新知識を取り入れて活躍するには、その下地となる文化、歴史等、自分自身の立ち位置がしっかりしている必要があるからです。現在、日本人には自らの文化伝統に根ざした下地を失ったために、<ポケモンGO>等のネットゲームやインターネットの情報の海に溺れる人も出てきています。今こそ、自分たちの足元、地域の文化や歴史等の自らのバックボーンを探すことが求められています。まだまだ、日本の地域には重厚な文化の蓄積があります。現在、日本の若者が海外に留学せず、内向き志向だというグローバリズム信仰に基づく批判もありますが、わが国の文化を継承できていない現状を考えると、むしろその発掘に向かういい兆候ということかもしれません。何れにしろ、私たちの地方にも一朝一夕には掘り起こせない文化遺産があり、その発掘を通じて新たな地域力を創造することが求められています。
(統括本部長 山本正樹)