ただ、コロナ禍が始まる少し前、80歳を過ぎたある夏の終わりに、急に体調が変になったので、念のため血圧計を引っ張り出してきて調べたところ、上が200をオーバーしていてびっくり。慌てて医者に駆け込んで診てもらったところ、彼いわく「これはまずい。一発ストライクアウトですな」。
思いがけない事態にさすがの私も大ショック。早速初めて降圧剤なるものを処方してもらいました。そして、その日の夕食から、減塩食に切り替え、塩っ気の全くない食事を食べるはめに。まさに革命的な食生活の大転換。これには参りました。
なにせ、生まれも育ちも東三河で、子どもの時から八丁みその濃いみそ汁や、たくわん、梅干しなどの漬物、イカの塩辛など、とにかく辛いものが大好き。東京に出てきて結婚してからも、関西生まれの妻の薄味では物足りないので、こっそり食塩やしょうゆをかけて食べていました。
それが減塩食になってからは、妻がせっかく作ってくれる食事なので残すわけにもいかず、一応口の中に入れますが、いかにも味気なく、食欲が湧きません。無理やり胃袋に流し込んでも、栄養になっているようには思えません。食事は、本人がおいしいと思って食べないと、唾液も分泌せず、いくら食べても腸が養分を吸収しないような仕組みになっているようです。
おかげで2カ月もしないうちに、体重が一気に5㌔以上減り、体力がめっきり衰えました。特に大腿筋などの筋肉の減衰がひどく、脚力がすっかり弱くなりました。慌てて散歩や運動量を増やしたものの、一度失われた筋肉は急には回復しません。腹筋も弱くなったせいか、元々便秘の傾向があったのが一層悪化したようです。
実は私は、スマートフォンなどは一切やりませんが、その代わりにパソコンを多用しており、毎日平均5~6時間もパソコンの前に座っています。医者からも長時間座りっぱなしは体に良くない、寿命を縮めると言われていますが、長年の習慣は直ぐには変えられません。
そういえば昔、子どもの頃、父がよく「快眠、快食、快便が大事だ」と口癖のように言っていました。元陸軍軍人(下士官)だった父は、軍隊で「早寝、早食い、早ぐそ」を徹底的に叩き込まれたようです。私の場合、最初の二つはともかく、最後の「快便」が以前から頭痛の種です。
正直に告白すれば、私は、大学生時代から夜型人間で、夜通し勉強、明け方に就寝、昼近くに起きるという習慣が身についてしまって、社会人になってからも、上司より遅く出勤し、夜中過ぎまで働く(特に国会開会中や外交交渉中などはほとんど徹夜)というライフスタイルが定着してしまいました。結婚後いくらか是正されたものの、基本的には夜型の生活が続いていました。朝食はほとんど無し。医者からも妻からも厳しく注意されましたが、長年の生活習慣は中々改まりません。
しかし、ごく最近になって、ようやくこれではいけない、早くギアチェンジしなければ健康で長生きできないぞということに気が付いて、ついこの7月初め以来夜型から朝型に自らを改造してみようという気になりました。就寝は午後11時前、起床は午前5時。起きたらすぐ散歩に出て、途中で牛丼屋か駅の立ち食いそば屋でしっかり朝食。店内が空いているときはそこで新聞や手紙などを読み、その後さらに約1時間散歩して帰宅というスケジュールです。
実は、昨年3月から東京・世田谷の自宅を改築中なので目下、川崎市麻生区百合丘(小田急線百合丘駅の近く)に仮住まいしていますが、町名とおり岡や坂がやたら多く、長い階段が随所にあり、足を鍛えるには格好の場所です。ちなみにそのせいかどうか、麻生区は男女とも全国で最も平均寿命が長いとか(男性84・0歳、女性89・2歳)。医療施設や高齢者介護施設なども大変充実しているようです。昔の武蔵野をしのばせるような地形で、緑が多く実に快適な自然環境です。ここで十分足腰を鍛えておけば、これからの人生に必要なエネルギーを蓄えておくことができるのではないかと密かに願っています。
しかし、現実はそれほど甘くはなく、今のところ体力(特に脚力)が十分回復したという実感はありません。やはり70年もかけて営々と築き上げてきた生活習慣や体型は、一朝一夕に変えられるものではなさそうです。
最近初めて知ったのですが、「サーカディアン・リズム」(circadian rhythm)という言葉があります。簡単に言えば日本語の「体内リズム」とか「体内時計」とほぼ同意語で、人間を含む動植物はほぼ24時間周期で経時的に変化するリズムを持っているということ。学者の説によると、このリズムは主に内在的に決められるものですが、光や温度、食事など外界からの刺激によって修正されるものだとか。要するに、私たちの生活スタイルを変えることによって体(内臓)の働き方のリズムも変わってくるということでしょう。
そうは言っても、長年の生活習慣を一気に変えようとしても、果たして自分の内臓機能がそれに呼応してうまく変わってくれるかどうかは分かりません。内臓たちからすれば、「俺たちは車のエンジンとは違う。もっと複雑微妙だ。俺たちに事前に相談もせずにいきなりリズムを変えられては困る。あんたが本気になって生活習慣を改革するのなら俺たちもできるだけ協力するが、もし三日坊主に終わるようならいちいちお付き合いしかねる」ということでしょう。
それでもこの機会に生活習慣を根本的かつ不可逆的に変えることができるかどうかがポイントで、私にとってこれは重大な人体実験であり、人生の最終コーナーにおける正念場です。それだけの覚悟をもって貫徹しなければならないと考えております。
とまあ、力んで見せましたが、あまり無理をして、残り少ない人生を窮屈に生きても仕方がないとも思っています。人生の最終楽章をどう生きるかは、人それぞれで、私の場合まだはっきりした見通しは立っていませんが、とにかくここまで生きてきたからには、最後まで納得できる生き方をしたいものです。
近頃世間では名士や著名人によるさまざまな「終活」術が披露されていますが、一番大事なことは、体力と気力の維持を図り、最後まで前向きに(ポジティヴに)かつ柔軟に生きることではないかと思います。進化論で有名なイギリスのダーウィンが言ったように、「生き残るのは最も強い者でも、最も賢い者でもない。変化できる者だ」。
ついでにもう一つ、同じくイギリスの詩人ロバート・ブラウニングの詩から。「一緒に老いていこう! 人生の最高の時はこれから先だ」
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