20年間交友、豊橋の画家すぎうらさん
豊橋市ゆかりの作家、宗田理さんの死去を受け、約20年間交友があった市内の画家すぎうらよしこさんに故人の人となりや思い出を聞いた。
「家族ぐるみのお付き合い。新刊が出るとサイン入りで送っていただいたり、事務所に何度かお邪魔したり、我が家にも寄ってくださったりしました。50歳からのデビュー、96歳1カ月前まで現役で頑張られた先生は、私の励みでもありました」と別れを惜しむ。
2005年頃、宗田さん原作の映画「早咲きの花」の撮影時、長女の杉浦青さんが映画の手伝いをした関係で縁ができた。次女の朋さんの絵が作品の表紙に使われたこともある。2人の進学や結婚などの節目には温かい心遣いがあったという。
「穏やかな方。新しいアイデアが浮かぶと惜しげもなく楽しそうに話してくれたり、少年のような好奇心いっぱいの眼差しで、子どもたちにイタズラを推奨したり。そうかと思えば、しみじみと戦争の話をしてくださったり…。平和を守るためには、ただで講演も出かける、と言われたことも」と振り返る。
すぎうらさんは夫で画家の鈴木敬三さんや朋さんと絵画教室を運営。これまでの教室生の中にも多くの宗田ファンがいた。「豊川海軍工廠(こうしょう)爆撃について書かれた『早咲きの花 子どもたちの戦友』は、戦争について深く考えるきっかけとなった作品で、先生との出会いには大きな意味がありました。お話を聞き、私自身も平和活動や制作に大きく影響しました」とすぎうらさん。
「気取ることなく純粋で、いつも笑顔で優しく接してくれました。生涯現役で多くの皆さんに夢と希望を与え続けた尊い人生…とても寂しいですが出会えたことに感謝し、先生の思いを子どもたちに伝えていけたらと思います」と話した。
【田中博子】