老人クラブ「八剱会」が洗浄活動
1575年にあった設楽原の戦いの戦没者を弔う「信玄塚」が新城市竹広にある。この地の供養塔などの石碑が洗われてすっきりした。
織田・徳川連合軍と武田軍による戦いがあった地。地元の人々が「信玄塚」を築いた。武田家のあった山梨県の有志が1938年5月、約3・6㍍の石碑「長篠役甲軍戦没将士慰霊塔宝篋印(ほうきょういん)塔」を建てた。56年には武田家や家臣の子孫でつくる「旧温会」が供養塔を設けた。
今月1日に地元の老人クラブ「八剱会」が洗った。高圧洗浄機などを使い、石碑表面の黒ずみやこけを取り除いた。設楽原ボランティアガイドの会代表の竹内雅史さんによると「洗浄はおそらく建立されて以来。山梨から来ても石碑の名前が読めないという声があった」と話した。
観光小冊子を発行
竹内さんは小冊子「祈りの里 信玄塚へようこそ」(A4判10㌻)を発行した。石碑をはじめ、毎年8月15日にある供養祭「火おんどり」、市指定文化財「閻魔大王坐像」を説明する。設楽原歴史資料館前などでガイド時に無料で配る。
【安藤聡】