1986年、東三河初の人材派遣会社として産声を上げた「ISO」。企業と人の架け橋として事務職やエンジニアらオフィススタッフを中心に、着実な成長を遂げ、今年で設立40年を迎えた。父と、父の知人らによる設立メンバーからバトンを受け継ぎ、現場の最前線で地域の雇用を支えてきた山口耕平社長は「単に人の数を増やすのではなく、時間はかかっても企業と個人の最適なマッチングを追求し続けたい」と語る。その経営哲学と強みを聞いた。
会社の歴史は、山口社長の父ら気の合う仲間8人とともに1986年5月に設立したところから始まる。その年の7月から日本で初めて民間の労働者派遣事業「労働者派遣法」がスタートするという情報を聞きつけ、需要拡大を見込んでの船出だった。山口社長は5年後の91年に入社した。「新しい時代の面白い仕事かなと思った」。それまで地元の店舗で接客業をしていたが、張り合いを感じられず、今までなじみのなかった人材派遣という業態に飛び込んだ。
だがその当時、派遣業への風当たりは強かった。「まだ世の中に浸透しておらず、訪問先のごく一部の会社から門前払いや『帰れ』と怒鳴られることもありました」と振り返る。
労働者派遣法が施行された当初、認められていたのはデータ入力やソフトウェア開発などわずか13の専門職種。とりわけ製造業が盛んな三河では製造現場への派遣は禁止されていた。その後、法改正により派遣可能な職種は26へと拡大され、長らく禁止されていた製造現場への派遣は2004年に解禁され、人材派遣業が世の中に浸透してきた。
1980年代後半から90年代のバブル崩壊、リーマン・ショックなどの不景気、2000年代前半のITバブル、昨今のAIの発展など、時代の波を柔軟に乗りこなしてきた。現在は人材サービス事業に加え、ソフトウェア開発やNC工作機械の周辺ツール開発などを手がけるNC事業も行っている。バブル崩壊とリーマン・ショックの時期は「問い合わせの電話が鳴らない時期もありましたよ」と過去の苦境を懐かしむ山口社長。それでも「企業が本当に困った時こそ、腰を据えて向き合う」との姿勢を崩さない。人材を紹介するだけでなく、地域企業の人材定着や組織づくりを支える情報拠点として、その存在感を高めている。
山口社長が大事にしてきたのは「現場主義」「マッチング」「先を見越した提案」の3点だ。「現場を知らずに人は紹介できない。企業の社風や仕事の実態を自分の目で確かめてから、初めて『この人だ』という提案ができる」。この愚直な姿勢こそが、大手にはまねのできない最大の強みだといえる。
また、キャリアコンサルタントやファイナンシャルプランナー(FP)の国家資格を持ち、知識と経験で求職者の希望に応じ、キャリアプランやライフプランの設計も含めた生活設計のアドバイスができる体制を整えている。「求人票の条件だけでは見えない、働く人の生活全体に向き合えるようにしている」という。働く人が抱える潜在的な課題に対し、専門家としての解を提示できる。人材を依頼された会社に対し、紹介した人の離職防止と組織の安定化につなげられる取り組みが地元企業から評価されている。
今後、特に力を入れたいのが「人材紹介」「紹介予定派遣」の活用だ。紹介予定派遣は、一定期間派遣スタッフとして就労してもらい、企業とスタッフ双方が合意した場合に正社員として直接雇用へ切り替える制度。派遣期間を実質的な「トライアル期間」として活用できる。企業にとっては人柄や実務力量を見極めた上で採用の可否を判断できるため、採用後のミスマッチを防ぎ定着率を高められるのが利点だ。欧米では人材紹介による採用者の約2割がこの仕組みを利用しているとされ、日本でも2000年12月の解禁以降、「求める人材を見極めた上で採用できる」という企業側、「自分に合った職場かどうかを確認できる」というスタッフ側の双方から評価する声が増えているという。山口社長は、こうした双方向のベストマッチを提案できる紹介予定派遣で培ったノウハウを生かし、慢性的な人手不足が続く医療・福祉分野を新たな柱として育てていく考えだ。
高齢化社会により、医療・福祉分野を利用する人は増えるが働く人の確保が追いつかない。現場主義を大事にしている山口社長は、社会福祉士の資格も取得している。医療・福祉分野へ人材を紹介するには、仕事内容を知り求職者へ的確に伝えるようにする。福祉分野は裾野が広く、高齢者、障害者、児童、生活困窮者など多岐にわたる。福祉分野で働く専門職の仕事の役割や内容、関わる人の人物像などを理解したうえで、求める人材を紹介する。
民間企業では、今年7月から障害者雇用率が2・7%から2・9%に引き上げられる。企業が障害者を採用する際の受け入れ体制や仕事の進め方の指導方法など、専門職の立場からアドバイスをすることも可能だ。この地域で働く多様な人たちが企業で働きながら成長できるように「伴走型支援」にも力を入れ、企業側が安心して障害者を受け入れられる環境づくりも同時に行えるのが特徴だ。「採用のゴールは、入社した日ではなく、その方が長く活躍してくれること」と語る。
仕事のやりがいは「求職者から『人生が変わった』と報告を受けた時です」と山口社長。社名の「ISO」は「Information Support Office」の頭文字で「情報化社会をサポートする」という思いが込められている。「地域とともに歩み、人が輝く未来を創る」と語る。
「採用がうまくいかない」「せっかく採用しても定着しない」「障害者雇用の進め方が分からない」。そんな悩みを抱える企業は、一度相談してみてはどうだろうか。国家資格を持つ専門家が、採用から定着まで伴走してくれるはずだ。詳しい事業内容や問い合わせは、同社ホームページへ。
会社概要
会社名 株式会社 ISO
本 社 〒440-0074
愛知県豊橋市上伝馬町124番地2の1
TEL. 0532-52-1771
代表者 代表取締役 山口耕平
資本金 1,200万円
設立年月日 1986年5月23日
事業内容 【人材事業部】
・労働者派遣事業 (許可番号:派23-040001)
・職業紹介事業 (許可番号:23-ユ-040006)
・再就職支援事業
・アウトソーシング事業
・社員教育事業
【NC事業部】
・FA、NC工作機械に関わるソフトウェア開発・販売
・技術翻訳(日本語、中国語(簡体字・繁体字)、英語)
許 可 労働者派遣事業 派23-040001
有料職業紹介事業 23-ユ-040006
プライバシーマーク制度 19001131
沿 革
1986年5月 豊橋人材派遣(株)設立
1986年7月 労働大臣より三河地域で初の一般労働者派遣事業許可を取得
1995年7月 株式会社アイ・エス・オーに社名変更
2000年5月 厚生労働大臣より有料職業紹介業許可を取得
2002年12月 株式会社ISOに社名変更
2007年3月 中国上海市に上海西釧信息科技有限公司を設立
2018年4月 一般財団法人 日本情報経済社会推進協会
プライバシーマーク制度 登録
会社の歴史は、山口社長の父ら気の合う仲間8人とともに1986年5月に設立したところから始まる。その年の7月から日本で初めて民間の労働者派遣事業「労働者派遣法」がスタートするという情報を聞きつけ、需要拡大を見込んでの船出だった。山口社長は5年後の91年に入社した。「新しい時代の面白い仕事かなと思った」。それまで地元の店舗で接客業をしていたが、張り合いを感じられず、今までなじみのなかった人材派遣という業態に飛び込んだ。
だがその当時、派遣業への風当たりは強かった。「まだ世の中に浸透しておらず、訪問先のごく一部の会社から門前払いや『帰れ』と怒鳴られることもありました」と振り返る。
労働者派遣法が施行された当初、認められていたのはデータ入力やソフトウェア開発などわずか13の専門職種。とりわけ製造業が盛んな三河では製造現場への派遣は禁止されていた。その後、法改正により派遣可能な職種は26へと拡大され、長らく禁止されていた製造現場への派遣は2004年に解禁され、人材派遣業が世の中に浸透してきた。
1980年代後半から90年代のバブル崩壊、リーマン・ショックなどの不景気、2000年代前半のITバブル、昨今のAIの発展など、時代の波を柔軟に乗りこなしてきた。現在は人材サービス事業に加え、ソフトウェア開発やNC工作機械の周辺ツール開発などを手がけるNC事業も行っている。バブル崩壊とリーマン・ショックの時期は「問い合わせの電話が鳴らない時期もありましたよ」と過去の苦境を懐かしむ山口社長。それでも「企業が本当に困った時こそ、腰を据えて向き合う」との姿勢を崩さない。人材を紹介するだけでなく、地域企業の人材定着や組織づくりを支える情報拠点として、その存在感を高めている。
山口社長が大事にしてきたのは「現場主義」「マッチング」「先を見越した提案」の3点だ。「現場を知らずに人は紹介できない。企業の社風や仕事の実態を自分の目で確かめてから、初めて『この人だ』という提案ができる」。この愚直な姿勢こそが、大手にはまねのできない最大の強みだといえる。
また、キャリアコンサルタントやファイナンシャルプランナー(FP)の国家資格を持ち、知識と経験で求職者の希望に応じ、キャリアプランやライフプランの設計も含めた生活設計のアドバイスができる体制を整えている。「求人票の条件だけでは見えない、働く人の生活全体に向き合えるようにしている」という。働く人が抱える潜在的な課題に対し、専門家としての解を提示できる。人材を依頼された会社に対し、紹介した人の離職防止と組織の安定化につなげられる取り組みが地元企業から評価されている。
今後、特に力を入れたいのが「人材紹介」「紹介予定派遣」の活用だ。紹介予定派遣は、一定期間派遣スタッフとして就労してもらい、企業とスタッフ双方が合意した場合に正社員として直接雇用へ切り替える制度。派遣期間を実質的な「トライアル期間」として活用できる。企業にとっては人柄や実務力量を見極めた上で採用の可否を判断できるため、採用後のミスマッチを防ぎ定着率を高められるのが利点だ。欧米では人材紹介による採用者の約2割がこの仕組みを利用しているとされ、日本でも2000年12月の解禁以降、「求める人材を見極めた上で採用できる」という企業側、「自分に合った職場かどうかを確認できる」というスタッフ側の双方から評価する声が増えているという。山口社長は、こうした双方向のベストマッチを提案できる紹介予定派遣で培ったノウハウを生かし、慢性的な人手不足が続く医療・福祉分野を新たな柱として育てていく考えだ。
高齢化社会により、医療・福祉分野を利用する人は増えるが働く人の確保が追いつかない。現場主義を大事にしている山口社長は、社会福祉士の資格も取得している。医療・福祉分野へ人材を紹介するには、仕事内容を知り求職者へ的確に伝えるようにする。福祉分野は裾野が広く、高齢者、障害者、児童、生活困窮者など多岐にわたる。福祉分野で働く専門職の仕事の役割や内容、関わる人の人物像などを理解したうえで、求める人材を紹介する。
民間企業では、今年7月から障害者雇用率が2・7%から2・9%に引き上げられる。企業が障害者を採用する際の受け入れ体制や仕事の進め方の指導方法など、専門職の立場からアドバイスをすることも可能だ。この地域で働く多様な人たちが企業で働きながら成長できるように「伴走型支援」にも力を入れ、企業側が安心して障害者を受け入れられる環境づくりも同時に行えるのが特徴だ。「採用のゴールは、入社した日ではなく、その方が長く活躍してくれること」と語る。
仕事のやりがいは「求職者から『人生が変わった』と報告を受けた時です」と山口社長。社名の「ISO」は「Information Support Office」の頭文字で「情報化社会をサポートする」という思いが込められている。「地域とともに歩み、人が輝く未来を創る」と語る。
「採用がうまくいかない」「せっかく採用しても定着しない」「障害者雇用の進め方が分からない」。そんな悩みを抱える企業は、一度相談してみてはどうだろうか。国家資格を持つ専門家が、採用から定着まで伴走してくれるはずだ。詳しい事業内容や問い合わせは、同社ホームページへ。
会社概要
会社名 株式会社ISO
本 社 〒440-0074愛知県豊橋市上伝馬町124番地2の1 TEL. 0532-52-1771
代表者 代表取締役 山口耕平
資本金 1,200万円
設立年月日 1986年5月23日
事業内容 【人材事業部】
・労働者派遣事業 (許可番号:派23-040001)
・職業紹介事業 (許可番号:23-ユ-040006)
・再就職支援事業
・アウトソーシング事業
・社員教育事業
【NC事業部】
・FA、NC工作機械に関わるソフトウェア開発・販売
・技術翻訳(日本語、中国語(簡体字・繁体字)、英語)
許 可 労働者派遣事業 派23-040001
有料職業紹介事業 23-ユ-040006
プライバシーマーク制度 19001131
沿 革
1986年5月 豊橋人材派遣(株)設立
1986年7月 労働大臣より三河地域で初の一般労働者派遣事業許可を取得
1995年7月 株式会社アイ・エス・オーに社名変更
2000年5月 厚生労働大臣より有料職業紹介業許可を取得
2002年12月 株式会社ISOに社名変更
2007年3月 中国上海市に上海西釧信息科技有限公司を設立
2018年4月 一般財団法人 日本情報経済社会推進協会
プライバシーマーク制度 登録
購読残数: / 本
1998年浜松市生まれ。昔からの夢だった新聞記者の夢を叶えるために、2023年に入社した。同年からスポーツと警察を担当。最近は高校野球で泥だらけの球児を追いかけている。雨森たきびさん(作家)や佐野妙さん(漫画家)らを取り上げた「東三河のサブカルチャー」の連載を企画した。読者の皆さんがあっと驚くような記事を書けるように日々奮闘している。趣味はプロ野球観戦で大の中日ファン。
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