希少がんと闘う桜丘高校の岩佐教諭を応援しよう

2026/08/05 00:00(公開)
取材に応じた岩佐さん。決意のガッツポーズ=桜丘高校で
取材に応じた岩佐さん。決意のガッツポーズ=桜丘高校で

CF支援の輪広がる

 桜丘高校教諭の岩佐潤さん(46)が極めて希少で進行が速い「NUTがん」と闘っている。再び教壇に立ち、生徒たちと笑い合える未来を取り戻すため、同僚教員や保護者の有志が「じゅんじゅんを応援する会」を発足し、7月からクラウドファンディング(CF)を開始した。目標金額は3000万円。国内での治験参加や、海外の未承認薬、最先端の免疫療法などにかかる莫大な医療費と渡航滞在費を募っている。プロジェクトには4日現在、342人が寄付した。会は、支援の拡大を呼び掛けている。

 岩佐さんが書き続けているインターネット投稿サイト「note」(Junjunで検索)によると、病気の発覚は3月中旬だった。岩佐さんは鎖骨の上の小さなしこりと長引くせきが気になり、地元の病院を受診した。その後、豊橋市民病院での生検やPET検査などを経て、4月30日に県がんセンターで「NUTがん」と確定診断された。原発部位は胸の中央にある縦隔で、そこからリンパ節に転移しているステージ3の状態だった。NUTがんは日本国内で年間数例から十数例しか報告がない極めて稀な悪性腫瘍で、診断からの生存期間中央値が6カ月から9カ月という進行の早い悪性腫瘍だ。

 しかし岩佐さんは希望を捨てず、自身で治癒を信じ抜く覚悟を決めた。市民病院の医師らと相談し、緩和目的ではなく根治を目指すため、放射線治療と抗がん剤治療を併用する標準治療を選択した。5月19日、約6週間にわたる入院生活が始まった。週5回、合計30回の放射線照射が行われた。抗がん剤は2種類を使用し、放射線との併用による負担を考慮して投与量を調整し毎週1回投与された。

 治療効果は目覚ましく、6月上旬の時点で鎖骨付近の腫瘍が明らかに縮小していることが確認された。副作用として味覚の変化や、食道の炎症、首回りの皮膚が日焼けのように変色して皮がむける症状などがあったが、ゼリーや牛骨スープなど食べられるものを工夫して摂取し前向きに乗り越えた。

 入院中には延べ82人の教え子や同僚が面会に訪れた。それが自身の治癒力を高める「ヒーリング」になったという。6月25日、無事に退院の日を迎え、家族と過ごす変わらない日常のありがたさを深くかみ締めたという。同30日の最終診察では、CT検査の結果、腫瘍の確実な縮小が告げられ、市民病院での標準治療を卒業した。

 次なる治療の道を切り開くため、遺伝子パネル検査を実施したところがん細胞に「BRD4―NUTM1」という遺伝子異常があることが判明した。この異常に直接作用する治験は県内では見つからなかったが、自ら情報を集め、7月2日に東京の国立がん研究センター中央病院を受診した。希少がんの専門医からは「標準治療が効いて腫瘍が縮小しているため治験の対象にはならない」と説明された。しかし、もし状態が悪化した場合には、約10%の確率で治験に参加できる可能性があるという。岩佐さんは「現状が続けば長く生きられるし、悪化しても治験の道がある。どちらに転んでも最強だ」と非常にポジティブに受け止めている。

 岩佐さんは自宅療養を続けながら、完治に向けた情報発信を行っている。いかなる困難な状況にあっても「足るを知る」という幸福観を持ち、今生きていること自体が天文学的な確率の奇跡であると周囲に感謝を忘れない。その揺るぎない精神と深い人間性が多くの人々の心を動かしている。

 CFは専用サイト(https://for-good.net/project/1003939)から。

インタビュー「何としてでも生き切ってやる」

 岩佐さんに話を聞いた。

 ―noteを読んでいますが、原稿がとてもうまいですね。

 ◆教職員組合委員長をやっています。教員や保護者に、教育の素晴らしさをどのように伝えるかをずっと考えています。推敲を重ねて文章を作っているおかげですね。あとは考えるのが好きなんですね。

 ―20年で教えた生徒数はどれぐらいになりますか。

 ◆ざっと5000人は下らないと思います。

 ―2年生存率が22%という病気です。怖くないですか。

 ◆人はいつ死ぬかわからないですよね。でも、余命1年と分かっていたら、1年の過ごし方があるわけです。僕は自分が幸せであるようにと生きてきた。僕は1年間、幸せに過ごす自信があります。家族を置いていくという事実はある。けれど人は必ず死ぬ。僕を「絶対死なせませんから」と言う人が現れた。自分がどう生にしがみつくのか、何としてでも、どんなに格好悪くても、何としてでも生き切ってやる。今それを愚直にやっている感じですね。

 ―ご家族はどうされていますか。

 ◆noteにも書きましたが息子はダウン症です。ですからこれまで妻とはいろいろなことを話してきました。今回のことも心配や不安の気持ちがあるに違いないですが、極力それを出さないようにしてくれているんじゃないかなと思っています。そういう家族の気持ちにも支えられています。

 ―決意を語ってください。

 ◆これは僕だけの命じゃない。家族もそうだし、応援してくれている人もそうだし、親もそうだし、おじいちゃん、おばあちゃん、先祖も含めいろんな人の命を背負っている。格好良く死ぬつもりはない。はいつくばっても、何にすがってでも、とにかく長く生きるんだ、という覚悟です。

 ―ありがとうございました。

 

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山田一晶

1967年三重県生まれ。名古屋大学卒業後、毎日新聞社入社。編集デスク、学生新聞編集長を経て2020年退社。同年東愛知新聞入社、こよなく猫を愛し、地域猫活動の普及のための記事を数多く手掛ける。他に先の大戦に詳しい。遠距離通勤中。

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