終戦の日の15日、各地で戦没者を悼み、平和を祈念する式典が開かれた。
「県戦没者追悼式」が、名古屋市東区の「ウィルあいち」で営まれた。台湾沖で船が攻撃を受け、乗っていた陸軍伍長の父が亡くなった市内の山田明代さん(81)が、遺族代表として追悼の辞を述べた。
山田さんの父は1944年6月に27歳で戦死した。山田さんは「父は結婚生活わずか半年で出征し、人生これからという時に、帰らぬ人となりました」と述べた。外出の際にスケッチブックを持ち歩き、絵が上手だったという話を親戚から聞いたことがある。山田さんは、2人の孫が芸術大学に進学したことに触れ「かなえられなかった父の夢を受け継いでいるのかな、と思っております」と語り、「孫たちの世界が、戦争のない平和なものであり続けることを願ってやみません」と訴えた。
これに先立ち、大村秀章知事は今秋のアジア・アジアパラ大会を念頭に「スポーツの力を生かし、アジア各国と地域の皆さまとの交流を深め、平和と友好の尊さを発信し、地域のレガシーとして後世に語り継いでまいります」と式辞を述べた。
市民団体「平和都市をめざそう豊橋市民展実行委員会」は、「平和を誓い合うつどい」を豊橋市向山公園にある平和の塔の前で開いた。約50人が参加して恒久平和を祈念した。
杉浦実実行委員長は「ドイツは当時としては最も民主的なワイマール憲法があったにもかかわらず、ヒトラーが率いるナチス政権が誕生し、戦争へと突入し、虐殺も起こった。再びヒトラーのような人物を誕生させないために、平和を守るための市民活動が重要」とあいさつした。そして「政府が進める防衛装備品の海外輸出やスパイ防止法に反対しなければいけない」と訴えた。
幼児の頃に戦争を体験した人たちの話もあり、「豊橋空襲では、一瞬で焼け野原になった」などと語った。また「終戦記念日というのはおかしい。あれは日本が敗戦を認めた日だ」という声もあった。
元高校教員の安間慎さんは「戦争を語るときは、明治維新から太平洋戦争までの歴史を忘れてはいけない。どのような流れの中で戦争になっていったかを知り、それを回避して平和を守ることが大切」と語った。
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