東三河でナスカーレースを

2017/12/15 00:00(公開)
「東三河でレースのできる場所を探しています」。呼びかける尾形さん㊧と早川さん=東愛知新聞社で
尾形さんら本社で抱負「超速の醍醐味を皆さんに」

 アメリカ国民を熱狂させる自動車レース「ナスカー(NASCAR)」のドライバーで、障害を持つ子どもらのため獲得賞金など活用する財団も営む尾形明紀さん(44)=ノースカロライナ州=が13日、レースシーズンオフに伴い東愛知新聞社を訪問。自動車関連企業が集積し、世界屈指の自動車貿易港もある東三河で、いつか「レースイベントを開きたい」と抱負を語った。
 「モンスターマシン40台が、平均時速300㌔以上で接近バトルしながら走る。多重クラッシュも続出し、ゴールにたどり着くこと自体が難しい」と、ナスカーのだいご味を語る尾形さん。神奈川県相模原市生まれ。14歳でモトクロスバイクを始め、国内ミジェットカーレースを経て、2003年にナスカー初参戦。10年に妻子とともにノースカロライナへ移住し、キャンピングワールドトラックシリーズ(最高峰シリーズの1つ)など、唯一の日本人レーサーとして参戦を続けている。
 今回豊橋を訪れた目的は、尾形さんのスポンサーである自動車部品メーカー「アスモ」(本社・湖西市)を表敬するほか、米国移住時にお世話になったという、イベント会社「東雲座カンパニー」(豊橋市柱三番町)の企画営業・早川好久さんと再会すること。
 早川さんが尾形さんと知り合ったのは、ロサンゼルスで広告代理店を営んでいた09年。単にナスカーのレースだけでなく、「恵まれない子どもたちの力になりたい」という尾形さんの心意気に打たれ、さまざまな支援を続けた。実際尾形さんは、獲得賞金の1割、関連グッズ売り上げの全額を財団「アキノリ・オガタ・ファウンデーション」へ拠出。11年の東日本大震災では、イベントなどを通じて8000㌦を集め、アトランタ日本領事館経由で被災地へ送っている。
 「日本人としてナスカーに歴史を残したい。同時に、ヨーロッパ型のF1レースにはないナスカーの魅力を伝え、“自分もアメリカへ行きたい”という若い人が出てくれればうれしい」と話す尾形さん。大きな夢をかなえる一助として、レースイベント開催に賛同でき、東三河の企業や篤志家を歓迎する。問い合わせは早川さん(070・5332・3486)まで。
(藤田彰彦)
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