豊橋中央高校2年生32人がこのほど、豊橋空襲を体験した松橋勇さん(83)の話を聞いた。「平和」の探究授業。
1945年6月19日夜から20日未明、米軍のB29爆撃機による攻撃で市街地が焼け野原となり、600人以上の死者が出た。松橋さんは当時3歳半で「空襲は鮮明に覚えている」と回想した。豊橋市松葉町の家も燃えたが、一家10人全員無事だった。一時豊川市に疎開したが、半年後に豊橋に戻る。「父は廃材でバラック小屋を見よう見まねで作り、何とか生きながらえた。冬の寒さは忘れられない」と振り返った。
松橋さんが語り部を本格的に始めたのは最近。「戦争体験者の一人としてこのまま何も語らず死んでしまっていいのか」と自問自答し、若い世代に語り継ごうと決意したという。生徒に「市民がしっかりとした判断力を持っていかないと駄目だ」と自分の頭で考える大切さを説いた。
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