デリバリーアプリで「注文確定」した瞬間、地図上のバイクアイコンが走り出す。その疾走感を眺めながら、私はふと、あの日の田植えを思い出す。愛知県の山あいで育った私にとって、小さい頃、田んぼで米を作ることは当たり前の日常だった。春には泥の冷たさに足をすくめながら田植えを手伝い、夏には夕立の中で稲が伸びていくのを見守り、秋には金色の稲穂を刈り取る。デジタル技術が発達した上海の日常にも、そんな日本の原風景が重なる瞬間がある。
今日は小籠包に決めた。アプリのボタンを押すと近くで注文を待つ配達員に通知が飛ぶ。黄色や青色の制服をまとった配達員が、電動バイクで街路を軽やかに疾走し、30分後には蒸したての小籠包が届く。この街では、この速さが当たり前の光景だ。「ワイマイ」と呼ばれる中国のデリバリー市場は2023年には約24兆円規模にまで膨らんだという。中国全土で一日8000万件以上もの注文が飛び交い、それを支える配達員は1000万人を超すとされる。AIが描く最短ルートを頼りに都市の動脈を駆ける彼らは、もはや社会に欠かせない「もうひとつのインフラ」といえる存在だ。
アプリでは彼らの現在地が小さなアイコンで示されるだけだが、現場には確かな体温がある。真夏には50度近い路面熱を浴び、真冬には凍てつくような雨の中を、一日100㌔走る。厨房では料理人が蒸籠に点心を並べ、湯気に包まれながら形を整える。画面の「配達完了」という無機質な文字には、無数の息づかいが響いている。
点心の湯気とモーターのうなり、そして通知音が交錯する午後、私は腰を深くかがめて苗を植えたあの頃を思い返す。かつて田んぼで聞いたカエルの大合唱とはまったく異なる音風景だが、どちらも確かに暮らしの鼓動だ。蒸したての小籠包を受け取る瞬間、湯気の向こうにあの日の田んぼがふっと重なる。速さに彩られた上海の日々も、結局は誰かの手が支えている。苗を植えたあの日の手と、小籠包を手渡す手。その二つの手は、思いのほか近い場所でつながっているのかもしれない。
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