2013年の全国ご当地うどんサミットの優勝をはじめ、数々の賞を総なめにした蒲郡市の「ガマゴリうどん」。味の決め手は、うま味の詰まったアサリにある。
ガマゴリうどんの定義5箇条では、原則として三河産のアサリを使用することや(1条)、アサリのだしをしっかりとることが規定される(2条)。近年、この三河産のアサリが危機的に激減している。
アサリの国内消費は、約9割が中国と韓国からの輸入に依存しているが、国内産の実に5割を愛知県産が占める。2位の北海道が2~3割で、3位以下は三重県や静岡県などいずれも数%にとどまる。三河湾は、国産アサリの中心地といえよう。
全国的にアサリが激減するのは、ここ数年である。08年に1万9000㌧あった愛知県のアサリ漁獲量=表=は、23年には3000㌧以下にまで落ち込んでいる。かつては干潟の埋立てや水質汚染などで減少したが、近年は記録的豪雨や水質変化、ツメタガイなどの天敵、無許可採取など複合的な理由による。中国や韓国でも減少しており、対策を講じなければ、前回取り上げたウナギ同様、絶滅危惧種となる可能性も否めない。
国際法上、海底で静止しているか、絶えず海底に接触して動く生物を「定着性の種族」という(国連海洋法条約77条4項)。この定着性の種族には、貝類、藻類のほか、イセエビやウニなど、20年の農林水産省告示1276号で定められる一部の生物が含まれる。
定着性の種族は、共同漁業権の対象とされ(漁業法60条5項)、漁協のみが漁獲の権利を有する(同72条)。そのため、漁協の管理する潮干狩り以外で個人がアサリを採取すれば、100万円以下の罰金が科される(同195条)。
アサリの個体数を回復させるためには、環境法上の複合的な取り組みが求められる。環境法の主軸は、脱炭素(カーボンニュートラル)▽自然再興(ネイチャーポジティブ)▽循環経済(サーキュラエコノミー)-の3本柱である。
環境保全と聞いて、多くの人がまず思い浮かべるのは「脱炭素」の取り組みであろう。地球温暖化や異常気象等を防止するため、二酸化炭素などの温室効果ガスを削減する取り組みである。気候変動枠組条約7条4項に基づき、毎年同条約の締約国会議(COP)が開催されている。そして、COPでの議論を経て採択された京都議定書とパリ協定が、温室効果ガス削減の規律を具体的に行っている。
アサリの資源量の減少には、海水温の上昇によるリン濃度の低下▽大雨による貧酸素▽波浪による洗堀-などが関係するとされる。これらは、いずれも地球温暖化の影響が考えられる。資源量の回復のためには、直接的なアサリへの対策だけでなく、より広い視点での脱炭素への取り組みが求められる。
また、生物多様性の損失を止めて回復させる「自然再興」の取り組みも重要である。種の多様性を確保するには、生態系を育む生息地の保全が求められる。
アサリの幼生は、三河湾各地から潮流に乗って、豊川河口の六条潟という干潟に集結する。六条潟では、多くの二枚貝やその餌となるアマモなどの海藻類、シギやカモなどの鳥類などの豊かな生態系が構成されている。アサリの幼生は、そこから漁業者によって三河湾各地の漁場へ移植されている。2010年にラムサール条約湿地潜在候補地に選定されたことにより、その後六条潟は埋立て計画などから外され、保全活動が続いている。
ラムサール条約の湿地に登録されると、その湿地を自然保護区とする国際的義務が課されることになる。自然保護区となると、商業利用できなくなる印象があるが、自然再興分野の環境法では、保全だけでなく、適正な利用(ラムサール条約3条)や持続可能な利用(生物多様性条約1条)が推奨されている。食用その他で利用することで、関心を持ち続けることが期待されているのである。
また、過度な保全による生息環境の急激な変化は、生態系に悪影響を及ぼしうる。これらの観点から、六条潟が条約登録湿地となった場合でも、アサリの幼生が持続的に漁獲され続けることが望ましい。
「循環経済」とは、使ったら捨てて終わりという直線経済(リニアエコノミー)の対義語であり、捨てずに資源を活用し、有効に循環させる社会のあり方をいう。いわゆるごみ対策が、循環経済の基軸となる。
蒲郡市は、循環経済を重視する「サーキュラシティ」として広く知られている。市内のテーマパーク「ラグナシア」では、ビジュアル的に楽しみながら分別できるごみ箱が設置されるなど、官民一体での取り組みがなされている。
その蒲郡市では、アサリの不漁を受け、近年ITを用いたカキのスマート養殖の実証実験が進められている。この試みは、脱炭素の環境法の観点からは、温暖化への「適応」策といえる。
気候変動対策は、温暖化を防止する「緩和」策と、温暖化の被害を軽減する「適応」策に大別される。現実に温暖化が進んでいる以上、その環境に適応する対策として、カキの養殖が進められていると評価できる。
カキの貝殻は、アサリの養殖にも利用できる。三重県鳥羽市では、カキ殻を加工したケアシェルにアサリの幼生を着底させることで、アサリを短期間で大きく成長させることに成功している。同様の取り組みは、田原市の若手漁師集団「漁栄会」によっても行われている。
このカキ殻を用いたアサリ養殖は、脱炭素▽自然再興▽循環経済のいずれにも資する取り組みである。日本一のガマゴリうどんの持続性にとっても、有用であろう。
真の循環のためには、アサリの貝殻も活用したい。カキに比べ、強度が弱く、臭いも残りやすいため、その活用には工夫が必要である。
また、商品化するためには、アサリの個体数を回復させ、貝殻が安定的に供給され続けることも重要である。三谷水産高校の若い発想力や地元企業の力も借りつつ、総力としてのサーキュラシティ蒲郡のアサリ保全活用術=表2=に期待したい。
尋木真也(たずのき・しんや)
熊本県出身。2005年3月、早稲田大学政治経済学部政治学科卒。08年3月に早大院法学研究科修士課程を修了。15年4月、愛知学院大学法学部の専任講師。20年2月から現職。専門は国際法と国際人道法、安全保障法
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