スバル東愛知販売(本社・豊橋市下地町)は、会社設立50周年を迎えた。戦前の航空機技術を源流とするSUBARU車の正規ディーラーとして、東三河で半世紀にわたり地域とともに歩んできた。自動車業界が「100年に一度の大変革期」に直面する中、その節目の年に社長へ就任したのが西川洋輔氏だ。「第二の創業」を掲げ、これまでの成功体験を一度問い直し、次の50年に向けた事業と組織の再設計に踏み出している。地域に根差した新たなディーラー像と持続可能な経営改革への考えを聞いた。
【聞き手 梅村和宏 東愛知新聞社取締役】
―大学卒業後に会社員生活を送っていたそうですね。どのような仕事に従事していましたか。
◆2010年4月、新卒でキリンビールに入社しました。全国転勤を伴う会社員生活の中で、最初は岐阜県の営業拠点に配属され、飲食店などへの飛び込み営業からキャリアをスタートしました。その後、北陸エリアでは石川県を中心に急成長していたドラッグストアチェーン向けに酒類営業を担当しました。続いて大都市圏では、全国展開するコンビニエンスストアや、国内外で成長するディスカウントストアなどの大口顧客を担当しました。ここでは単なる営業ではなく、先方のカテゴリマネジメントを支援する営業企画・戦略提案の立場で、売り場づくりや提案設計に携わりました。最後は、新規事業の企画立案にも従事しました。
―キリンでのキャリアを形成する中、ふるさとへ戻るきっかけとは。
◆多くの中小企業と同様に、地域で確かな価値を築いてきた事業の承継が、当社にとっても大きな課題となっていました。その中で、長男である私に声がかかったのが背景です。当時、事業承継は私自身のキャリアプランには含まれていませんでした。一方で、キリンでは新規事業を担う部署で、スタートアップやベンチャーの起業家と協業する経験を積んでいました。自ら考え、判断し、責任を持って価値を生み出す経営に、残りのビジネスキャリアを使いたいという思いが強くなっていた時期でもあります。事業承継という現実と、自身の問題意識が重なり、豊橋へ戻る決断につながりました。
―会社員として14年間の経験を積み、家業のディーラー業へ転身して1年。社内の課題を踏まえた今後の取り組みを教えてください。
◆今期、当社は会社設立50周年を迎えました。先代の経営陣が築いてきた強固な財務基盤に加え、地域のお客様との長年にわたる絆や信頼こそが、最も重要な承継資産だと捉えています。
業界の外から戻り、改めて感じたのはSUBARUブランドの強さです。「アイサイト」に代表される安全技術や、移動を「安心」と「愉しさ」に変えていく価値は大きな魅力があります。東三河でのSUBARU車販売を当社に一任いただいている事業構造も、大きな強みです。
当社のアセットは、財務基盤やプロフェッショナルな従業員に加え、約6000人にのぼる、この地域でSUBARUを愛用いただいているお客様との強い結びつきです。これが次の50年をつくる土台になると考えています。
一方で、業界は電動化や自動運転、所有形態の変化など、産業の前提が書き換わる転換期にあります。適応できなければピンチですが、捉え方次第では大きなチャンスにもなります。
―具体的には、どのようなイメージで変革しようと考えていますか。
◆異業種出身者として感じたのは、自動車業界やディーラー業は、これまでのビジネスモデルが非常に強固だという点です。その前提自体を問い直す余地があると考えています。事業面では、「車もたくさん売り、アフターセールスも重視する」といった一般論だけでは、構造は変わりません。「車を売る」という発想そのものを一度ゼロベースで捨て、LTV最大化だけに特化して顧客体験を再設計し、その体験を実現するために業務プロセスを抜本的に見直す。そこまで踏み込まなければ、本質的な変革は起きないと思っています。
その上で、二つの仮説を置いています。一つは、デジタルネイティブ世代が今後増えていく中で、人の介在を極力減らし、効率性を高めたディーラー体験をどう設計するか。もう一つは、東三河など地方商圏において、人の介在価値を極大化した、よりウエットなディーラー体験をどうつくるか、という仮説です。
真逆とも言える二つの体験価値を意図的に設計し、顧客や地域の状況に応じて磨き上げていきたいと考えています。その実現にあたっては、自社だけで完結させるのではなく、地域企業との連携や、当社の資金・実証フィールドをスタートアップへ提供することも重要になります。
当社を「試し、学び、磨いていく」場として活用し、社会や地域課題の解決につなげていきたいです。
―組織のあり方や働き方では、どう改革を進めたいですか。
◆サービス業には、まだ固定観念が強く残っていると感じています。当社では年間休日を105日から121日に増やし、厳密な労務管理を導入しました。その結果、売上は前年以上の水準で今期推移する中、月平均の時間外労働時間は半減しています。
労働時間が売上に比例するわけではなく、成果は「生産性×投下時間」で決まります。まず生産性を高めた上で、成果や成長のために必要な局面ではハードに働く。その両立が重要だと伝えています。時短だけを追うのではなく、仕事を人生を豊かにする時間として捉えてほしいとも考えています。
組織運営では、現場発の意思決定を生かすボトムアップ体制を強化しています。権限移譲も実行フェーズに入り、スピード感をもって進めています。若手社員が主体となった業務改革も進み、業務効率やサービス品質の安定といった成果が現れ始めています。
―失敗に向き合う社内風土も大切にされているのですね。
◆社内では、あえて「挑戦」ではなく「実験」という言葉を使っています。新しいことを始めれば、うまくいかないこともありますが、失敗を許容し、そこから学ぶことにこそ価値があると考えています。その文化をつくることが、今の自分の重要な役割です。
私自身、まだ答えをすべて持っているわけではありませんが、前向きになれるゴールと、そこに至るための判断軸だけはぶれることなく問い続けたいですね。経験豊富なベテランに支えてもらいながら、私を含めた30代中心の若いリーダー陣が安心して力を発揮できる組織をつくっていきたいです。
―50周年を迎え、次の時代へ向けた会社や事業のあり方について聞かせてください。
◆環境問題や交通事故の防止など、自動車に携わる企業としての社会的責任は非常に大きいと感じています。加えて、地域社会の課題解決にも向き合っていく必要があります。
SUBARUのDNAは万人受けではなく、誰か一人の人生を動かすような「際立ち」にあると思っています。安心を土台に、SUBARUらしい「愉しさ」で課題解決に挑む。その価値観を、この地域でも形にしていきたいです。
そして経営の最終責任を担う立場として、従業員一人ひとりが持つ可能性・潜在能力を引き出し、成長を支えていく。
その先に、この地域でのあらゆる移動が、想像を超える安心と愉しさに満ちたものになるよう取り組んでいくことが、当社のミッションであり、目指す姿です。
1987年11月30日、豊橋市生まれ。
2010年、東京大学経済学部を卒業し、同年キリンビール株式会社に入社。
2022年、キリンホールディングス株式会社 主務。
2024年、スバル東愛知販売株式会社取締役副社長。
2025年、同社代表取締役社長に就任。
社名 スバル東愛知販売株式会社
住所 豊橋市下地町字境田95-1
電話番号 0532-54-8481(本社代表)
設立 昭和50年4月
事業内容 SUBARU正規ディーラー
スバル車 新車/中古車販売、アフターフォロー等、
車検・点検・修理等、自動車整備全般、保険代理店業務
WEBサイト https://subaru-e.co.jp
Instagram subaru_higashiaichi
購読残数: / 本
愛知県田原市出身。高校卒業後、大学と社会人(専門紙)時代の10年間を東京都内で過ごす。2001年入社後は経済を振り出しに田原市、豊川市を担当。20年に6年ぶりの職場復帰後、豊橋市政や経済を中心に分野関係なく取材。22年から三遠ネオフェニックスも担当する。静かな図書館や喫茶店(カフェ)で過ごすことを好むが、店内で仕事をして雰囲気をぶち壊して心を痛めることもしばしば。
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