豊橋市東細谷町本畑の路地を「アジサイロード」にしようと、10年前に移住してきた家族が植栽と世話を続けている。今では150株に増えた。きっかけは、家族のようによくしてくれた今は亡き「じいちゃん」の一言だった。
公務員の赤尾俊樹さん(43)と妻瑞代さんは2015年に安城市から引っ越してきた。サーフィンが趣味の俊樹さんがインターネットで海に近い物件を探した。下見に来たところ、瑞代さんが故郷の鹿児島県長島町の景色に似ていると気に入り、この家に決めた。
隣家は山本宏さんと敏子さん(80)夫妻。引っ越しのあいさつで宏さんと会った瑞代さんは思わず「お父さん?」と声を上げそうになった。雰囲気がそっくりだったという。宏さんはさっそく、新参者の二人を連れてその日のうちに集落の全世帯を回り、みんなに紹介してくれた。二人はいつしか宏さんと敏子さんのことを「じいちゃん」「ばあちゃん」と呼ぶようになった。
赤尾さん夫妻は近所で120坪の畑を借り、宏さんのアドバイスでさまざまな野菜を作り始めた。トマト、ナス、ピーマンにキュウリ、ショウガなど。「仕事の息抜きにちょうど良かった」と俊樹さんは振り返る。敏子さんは「今ではうちが野菜をお裾分けしてもらうほど」と喜んでいる。
19年春、宏さんが庭に10株のアジサイを植えたらどうかと赤尾さん夫妻に提案した。宏さんがアジサイを育て始めた頃だったという。俊樹さんはそれほど乗り気ではなかったが、瑞代さんが植えることにした。宏さんは「そこに赤い花を、ここは白を。千鳥(互い違い)になるように」と細かく指示した。「とにかく几帳面な性格だった」と敏子さんは振り返る。宏さんは「家の前の道路の土手にも植えるといい。見栄えがするぞ。アジサイロードしたいんだ」と話したという。
だが、宏さんがアジサイロードを見ることはなかった。その後、体調を崩し、肺の病気で入院した。新型コロナウイルス禍の1年目。病院での面会は厳しく制限されていた。瑞代さんが病室の窓の下に行って手を振ったり、スマートフォンのビデオ通話で励ましたりしたが、8月に帰らぬ人になった。83歳だった。
俊樹さんは、宏さんのアジサイを譲り受け、言われた通りに土手にアジサイを植え始めた。「花に興味がなかったのに、じいちゃんが乗り移ったみたい」と瑞代さん。俊樹さんは「願いをかなえ、思いをつなげたかった」と話した。150株に増えたアジサイは、今年は春先の冷え込みで開花が遅れたが、50㍍にわたって道路際に色とりどりの花が咲いている。
敏子さんによると、そばにごみステーションがあり、地区の人はごみ出しや畑仕事に行く途中で立ち止まって花を愛でているという。評判となり、連れ立って来る人もいるそうだ。すべて品種が違い、その名を書いた小さな札が根元にある。
宏さんの遺影を持って3人で記念撮影した。俊樹さんは「この土地に出合えたことに感謝しています。あと50株は植えたい。花が大きく育って、この土手いっぱいに咲くのが楽しみ」と話した。
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1967年三重県生まれ。名古屋大学卒業後、毎日新聞社入社。編集デスク、学生新聞編集長を経て2020年退社。同年東愛知新聞入社、こよなく猫を愛し、地域猫活動の普及のための記事を数多く手掛ける。他に先の大戦に詳しい。遠距離通勤中。
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