【連載】愛知学院大尋木准教授の東三河と国際法<11> サーモン陸上養殖による食料安全保障

2026/02/02 00:00(公開)
すしネタに欠かせないサーモン=いずれも県淡水養殖漁業協同組合提供
すしネタに欠かせないサーモン=いずれも県淡水養殖漁業協同組合提供

■すしはサケではなくサーモン?

 

 すしネタで絶大な人気を誇るサーモン。すしは日本の伝統料理であるにもかかわらず、なぜサケと呼ばないのか。その起源は、1985年に「プロジェクト・ジャパン」と命名されたノルウェーの国家事業にある。

 

 養殖技術の向上によりアトランティックサーモンの供給過多に陥ったノルウェーは、日本への輸出に活路を求めた。当時、日本では寄生虫「アニサキス」のいるサケを生で食べる習慣はなかったため、生食用には「サーモン」の名称が用いられるようになったのである。

 

■サケとマスは同じ魚?

 

 すしネタのサーモンは、実はサケではなくマスに分類されるものが多い。サケとマスは、生物学上は同じサケ目サケ科に属する。一般に、川で生まれ、海で生活し、また川に戻る種を「サケ」、生涯海に出ず川や湖で生活する種を「マス」と呼ぶ。

 

 日本でサケと呼ばれる魚は、基本的にはシロサケを指す。ギンザケやベニサケもサケと考えられる。ただし、サケとマスの分類は明確ではない。たとえば、ヤマメは河川に残留する種を指すが、海へ下ると名称がサクラマスへと変わり、サクラザケとは呼ばれない。以下では、便宜上サケ・マス類を「サーモン」と記す。

 

■すしネタに「サケ」表記は違法?

 

 すしネタで多いのは、養殖のニジマスであり、サーモントラウトやトラウトサーモンとも呼ばれる。ニジマスは分類上はマス(トラウト)であるが、サケと表記しても直ちに景品表示法違反となるわけではない。

 

 2013年に、大手ホテルのメニューや百貨店の総菜で、チリ産養殖トラウトサーモンを天然サーモンと表記するなど、偽装表示が次々と発覚した。この一連の騒動の一環で、マスとサケの区分もフォーカスされたが、消費者庁は、消費者がサケと聞いてイメージするものにはサーモントラウトも含まれるとの判断を示した。

 

 景品表示法は、誇大広告による優良誤認を規制する法である(1条)。そのため、産地や天然/養殖などを偽れば、そのメニューは違法となる(5条1号)。サケとマスの差異は、誤認により消費者の合理的選択を阻害するものではないとされたが、回転ずしチェーンなどの多くの飲食店は、その後自発的に正確な表記を心がけるようになっている。

 

■スーパーで「サーモン」表記は違法

 

 他方で、魚の切り身のような生鮮食品や、鮭フレークや鮭おにぎりのような加工食品は、食品表示法の規律対象となる。景品表示法と異なり、食品表示法の主たる目的は、食の安全性の確保にある(1条)。そのため、原材料名等には、サーモンのような抽象的な表記ではなく、正確な魚種名を記載しなければならない。

 

 安全性確保のため、指示も詳細である。魚類については、標準和名を記載するのが原則であり、例外的にそれ以外の一般的名称が認められる。サーモンについては、「魚介類の名称のガイドライン」に、その表示法が例示列挙されている=表1=。

 

 また、別表に記載のない名称でも、標準和名より広く一般に使用されている名称であれば表示できることが注記されている。養殖ニジマスの「サーモントラウト」表記や、タイセイヨウサケの「アトランティックサーモン」表記が、それに該当する。

 

■生食サーモンの養殖

 

 サーモンは、現代日本人にとって重要な食材となっている。そのため、安全かつ安定的に供給できる養殖が注目を集めてきた。

 

 養殖に向いているのはマスである。小柄なうえ淡水で育つため、相対的に低価格で提供できる。サーモンは白身魚であるが、エサのオキアミを食べることで、身が赤みを帯びている。

 

 アニサキスはオキアミを通じてサケに寄生するが、冷凍や加熱により死滅する。ノルウェー産のアトランティックサーモンは、フィヨルドの内海で厳格な管理のもと養殖され、冷凍せずに生食用として空輸されるため、高級品とされる。

 

設楽のブランド魚「絹姫サーモン」
設楽のブランド魚「絹姫サーモン」

■東三河におけるサーモンの陸上養殖

 

 近年、海面を用いない陸上養殖が徐々に増えている。田原市の林養魚は、ノルウェーを参考にサーモンの閉鎖循環式陸上養殖(RAS)を日本で導入したパイオニアである。年中一定で冷たい地下海水を使用している点が特徴的で、餌や糞尿、疾病なども徹底的に管理した「渥美プレミアムラスサーモン」を販売している。

 

 また、設楽町にある県淡水養殖漁協の宇連養魚場では、美しいホウライマス(無斑ニジマス)とおいしいアマゴを交配させた「絹姫サーモン」が養殖されている。

 

 異種配合により、染色体が通常より1本多い三倍体魚となることで、上質な脂や食感が楽しめる。寒狭川源流部の清流と最先端のシステムで管理されており、安全安心な設楽のブランド魚となっている。

 

おいしい絹姫サーモンを育てる宇連養魚場
おいしい絹姫サーモンを育てる宇連養魚場

■陸上養殖のメリット

 

 陸上養殖は、多くの長所を兼ね備える。まず、連載の第9回の「豊橋うなぎ」と同様に、トレーサビリティーの向上により安全性が増す。また、第6回の「農産品の輸出戦略」で触れたように、特産化による地域おこしにもつながる。

 

 漁業に比べ、作業量が少なく、また区画漁業権等の漁業法上の規制対象ともならないため、新規参入もしやすい(23年より内水面漁業振興法に基づく届出義務は課される)。

 

 さらに、環境にやさしいのも特徴である。輸入や遠方輸送を伴わない地産地消は、燃料等の輸送コストを減少させる。また、温暖化により多くの魚介類の生息地が北方へと移行しつつある中、養殖はその適応策として温暖地域でも続けられる。資源の枯渇や海洋生態系への影響もない。

 

 林養魚のRASでは、水の再利用だけでなく、投薬をせずに紫外線で殺菌するとともに、排泄物やアンモニア、魚の呼吸による二酸化炭素も適切に除去されている=表2=。

 

■陸上養殖による食料安全保障

 

 輸入や天然資源に頼らない陸上養殖は、食料安全保障にも資する。食料安全保障とは、良質な食料が合理的な価格で安定的に供給され、かつ、国民一人ひとりがこれを入手できる状態をいう(食料・農業・農村基本法2条)。

 

 日本のカロリーベースの食料自給率は、2000年代以降38%前後で横ばいに推移している。この数字は、戦争や関税、気候変動、円安、日本食ブームなどにより下がりうる。

 

■日露関係のサーモンへの影響

 

 サーモンについては、ロシアとの関係も重要となる。国連海洋法条約66条では、サーモンなどの溯河(さくか)性資源は、原則として母川国の排他的経済水域(EEZ)より外側での漁獲が禁止され、母川国と関係国との合意に基づく適切な管理のもとでのみ公海等での漁業が認められる。

 

 日露間においては、ロシアのEEZ内への日本漁船の入漁(日ソ地先沖合協定2条)や、日本のEEZ内でのロシア系サーモンの漁獲(日ソ漁業協力協定2条)について、毎年協議が行われている。

 

 さらに、北方四島周辺水域操業枠組協定4条に基づき、北方四島周辺12海里内における日本漁船操業に関する協議も毎年行われている。

 

 これらの協議に基づき漁業が行われるが、06年に違法操業の疑いでロシアに拿捕された富丸は、ロシアの裁判所で船体没収と罰金が科された。また、07年に無許可魚種積載のためロシアに拿捕(だほ)された豊進丸については、国際海洋法裁判所が約4600万円の保釈金による釈放を命じている。

 

 日本にとって、サーモンのロシア依存は高いため、熟慮の末にウクライナ戦争後もロシアからの輸入を継続している。このことは、国際社会全体での経済制裁の足並みを乱しているとも評価される。

 

 こうした日露関係に伴う、さまざまなリスクを回避できるサーモンの陸上養殖は、日本の食料安全保障の観点からも極めて重要なのである。

 

執筆者の紹介

 

尋木准教授
尋木准教授

尋木真也(たずのき・しんや)

 

 熊本県出身。2005年3月、早稲田大学政治経済学部政治学科卒。08年3月に早大院法学研究科修士課程を修了。15年4月、愛知学院大学法学部の専任講師。20年2月から現職。専門は国際法と国際人道法、安全保障法

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