豊川海軍工廠(こうしょう)の空襲から81年を迎えた7日、豊川市平和祈念式典が市文化会館で開かれた。市民ら約800人が出席し、戦没者の冥福を祈った。
1945年のこの日、東洋一といわれた工廠が空襲を受け、動員学徒や女子挺身(ていしん)隊員を含む工員、職員ら2500人以上の命が奪われた。市は空襲から50年の95年に「平和都市宣言」をして以降、式典を開いている。2018年には跡地に平和公園を整備し、資料の展示や遺跡保存をしている。
式典で竹本幸夫市長は「今を生きる私たちの使命は、81年前に起こった痛ましい出来事を風化させることなく、過去と向き合い、戦争の悲惨さと平和の尊さを次の世代に語り継いでいくことです。戦争のない世界、核兵器のない世界の実現を目指し、恒久平和に向けて全力を尽くすことを誓います」と宣言した。
また海軍工廠での空爆の悲劇を伝えるオリジナル絵本「あの八月七日」の読み聞かせを、語り継ぎボランティアが行った。続いて市立小坂井中学校生徒会長の伊藤朱花さんが「私たちと同世代の人たちが空襲で命を失いました。今、私たちが普通に学校生活を送れることは、とてもありがたいことです。平和を守っていきたい」と語り、同校吹奏楽部が「世界に一つだけの花」などを奏でた。最後は参加者が献花した。
空襲から80年以上経過していることから、市は空襲の悲劇を後世に伝えるために若い世代の参加を促しており、多くの小中高生らが訪れた。
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1973年生まれ、豊川市出身。建設業界に勤務後、96年に入社。2022年から豊川市を担当している。趣味は美術館巡り。ポッドキャストでラジオを聞くのも好きで、さまざまな番組を楽しんでいる。
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