豊橋を代表する日本画家の一人、髙畑郁子さんが11日に亡くなった。93歳だった。葬儀は近親者により執り行われた。
1929年、千葉県生まれ。生後すぐ豊橋に転居、市立高等女学校(現・豊橋東高校)で石川新一氏に水彩画を学び、日本画は独学で始めた。51年、新制作展に初入選。新制作協会日本画部の独立で発足した創画会の会員として活躍した。インドや日本、イスラムなどの宗教に焦点を当て、独自の解釈で曼荼羅(まんだら)や構成画を創作したり、地元の歴史を題材に作品を手掛けた。
また、後進の指導にも尽力。地元の文化振興にも力を注ぎ、夫で日本画家の故星野眞吾氏との寄付金で基金を設立、新進作家の発掘や顕彰を目的に3年に1度「トリエンナーレ豊橋」も開かれている。功績が認められ、2016年の文化庁「地域文化功労者」に選ばれるなど多くの賞も受けている。
【田中博子】
髙畑さんのおい 松坂良太さん
子どもの頃からよく小池の家に遊びに行っていた。2人が塾の生徒を連れて合宿やスキーに出かける際には、同行して手伝いをした覚えがある。星野を早くに亡くしたが、生徒さんやお弟子さん、お仲間など周囲の人に恵まれ、良くしていただいたお陰で、長く一人で暮らせたし、ずっと日本画家として活躍することができたのだと思う。
从会代表・碧南市藤井達吉現代美術館特任学芸員 大野俊治さん
中村正義や夫の星野眞吾らと共に戦後の新しい日本画を創造し、仲間の平川敏夫や大森運夫が所属する創画会を舞台に活躍。日本芸術院賞や豊橋文化賞を受賞するほか、福井県美や豊橋市美博で個展が開かれた。また星野と共に画塾を開き、多くの後進を育てる他多額の寄付によりトリエンナーレが開かれるなど日本画振興に貢献。まだまだ絵を描いて欲しかった。残念でならない。あの天真爛漫な笑顔が忘れられない。亡くなる前に代表作を網羅した星野との画集を刊行できたのが、せめてもの救いです。