全盲の聖職者が18日、豊橋市八町通4の日本基督教団豊橋教会の日曜礼拝で説教をした。信徒や幼少期から支えてきたボランティアの人たちが聴き入った。
大林叡貴さん(27)。京都教会で担任教師をしている。今後、試験に合格すると牧師となる。
大林さんは未熟児網膜症で生まれつき目が見えない。2003年4月、前年の学校教育法施行令改正により、障害児の普通学校就学が認められた。大林さんは豊橋市内での第1号として、市立花田小学校に入学した。中日新聞や中京テレビがその時の様子を伝えている。中日には「少し大きめのブレザーに身を包み、父親の伸慈さんと母親の久美さんに両手をひかれ登校。入学式で名前が呼ばれると、『はい!』と高い声で返事をした。周りの友達が不思議そうに叡貴君の顔をのぞきこむと、自分から『よろしくね』と声を掛けた」とある(4月8日付東三河版)。
入学に際し、登下校で事故に遭わないよう、浜松市の歩行訓練士の指導を受けた。小学校と自治会が協力して警察や市に働きかけ、通学路に音響式信号機や点字ブロックを設置してもらった。教科書の点訳も受けた。また同じく全盲で、後に視覚障害者団体「ビギン」を立ち上げる服部めぐみさんの自宅に通い、点字教育を受け、本を読む喜びを学んだ。「皆さんが手伝ってくれた」と久美さん。
自宅には連日のように友達が遊びに来た。運動会ではみんなが大林さんを取り囲むようにして競技に参加した。「特に苦労は感じなかった」と大林さんは振り返る。
中学は県立岡崎盲学校に通った。3年間で将来を見据えた教育を受けた。この頃「大学に進みたい」という思いが強くなったという。だが、大学受験教育をしている盲学校は少ない。筑波大学付属視覚特別支援学校に入学した。
英語が得意だったので、盲学校の英語教師になりたいと思った。そのようなコースがあるのはごくわずかな国公立大学だけだ。合格できる水準には届いていなかった。体調を崩し悩んだ。
そんな時、父の勧めで豊橋教会に行った。そこで教団の冊子の説教コーナーにあった聖書の一節に打たれた。
◇
さて、イエスは通りすがりに、生まれつき目の見えない人を見かけられた。弟子たちがイエスに尋ねた。「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか」。イエスはお答えになった。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである」(ヨハネによる福音書9章)
◇
自分のことを言っているように感じた。より深く意味を知りたいと思った。受験浪人し、豊橋教会で洗礼を受けたうえで、同志社大学神学部に入学した。以後、久美さんと一緒に大学近くのアパートで生活している。
宗教以外にもさまざまなことを学んで見識を広め、聖歌隊に入るなどしてキャンパスライフを楽しんだ。大学院に進み、神学修士号を取得。補教師試験に合格し、京都教会に入り担任教師として定期的に日曜礼拝で説教をしている。正教師(牧師)試験を受けており、10月には結果が出る。大林さんは全盲の牧師を何人か知っているが、それでも「レアな存在」だという。
豊橋での説教は3回目だ。「イエス様、私はすべてをお委ねします」と題し、約30分にわたって「ガラテヤの信徒への手紙」を引きながら福音について説いた。礼拝のすべてが終わると、拍手が起きた。久美さんは「お世話になったボランティアや豊橋市への恩返し」と話す。
やがては、一つの教会を任される主任牧師になりたい、という大林さん。「神の業とは、自分にとっては伝道の業。信仰を持っている人、いない人に神様の教えを伝えるのが自分に与えられたミッション」と語った。
花田小学校入学式当日、教室で。義眼をつけている(提供)