「芸術は正気を保証する」…これは、代表作《ママン》により世界的な彫刻家となったルイーズ・ブルジョワ(1911~2010年)が生前語った言葉だ。不要不急というスローガンにより芸術を奪われかけた数年前、さまざまな言葉で芸術の意義が語られたが、これほど、しっくりきたものはなかった。この言葉は発信する側にも受信する側にも分け隔てなく、一度でも芸術に心を揺さぶられたことのある全ての人に贈られた言葉だ、と思っている。芸術は、我々が動物として生命を維持することには責任を持たないが、人が人であるための責任を担っている気がするのだ。
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オペラというものは、芸術の形態としては、とても変わったシステムを持っている。何しろ毎回の旅路には船頭が二人いるのである。指揮者と演出家だ。そしてこの船頭はそれぞれ、唯一「音を出さない音楽家」であり「本番で仕事をしないスタッフ」なのである。なんだかとっても不思議な訳である。まだ若かりし頃アシスタントとして入った現場では、この二人の船頭が「行き先」でもめる…という狂乱の場面に何度も遭遇した。呉越同舟ならまだしも、もめた挙句にどちらかがいなくなる…などという例も枚挙にいとまがないが、アシストする立場としてはホントに笑い事ではない。こうして、芸術に一家言ある狂気に満ちた人々が同等に協働するのは実に大変なのだ、と随分昔から身に染みてきた。素晴らしい芸術家が集まれば、その数だけ芸術論があるのだから当たり前である。そして、三河市民オペラには素晴らしい芸術家が大勢集まってくる!…ああ、もうその先は言うまい…(笑)。
そして、これらの騒々しい狂乱の一行を乗せる船を造るのは、それはそれは大変だ。構造は頑丈に、そして繊細に駆動しなければならない。三河市民オペラでは、この船こそが制作委員会なのである。まさに「有り難くも」「有り難い」、つまり「めったになく」「とてつもなく喜ばしい」世界中を探しても一隻しかない貴重な船なのだ。
<感動>とは、人生において初めて感じる驚きのことだ。しかし悲しい哉、感動は常に困難と同衾(どうきん)している。感動を呼び起こそうとすれば困難も共に起き上がってくる。逆に言えば困難と共存してこそ感動は生まれるのだ。地元の委員会メンバーが総力を上げて困難を乗り越えたからこそ「三河市民オペラ」はオペラ界で名の知れた存在と成り得た。しかしここからが真の正念場である。バスケットボールやサッカーが地域に支えられ、人気スポーツ足り得るのと同じく、三河地域の多くの人々に愛され支えられなければ三河市民オペラは消滅する。しかし一度消えてしまえば、再びいまのブランド力を作りあげることは不可能である。三河市民オペラは、いまはやりの「SDGs(持続可能な開発目標)」を見出し、次の新たな感動を生み出すことができるのであろうか?
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芸術は確かに正気と狂気の狭間に存在する。この三者の深い関係は実に見事だ。ルイーズ・ブルジョワはこうも言っている。「私は地獄から帰ってきたところ。言っとくけど、素晴らしかったわ。」 これぞ芸術、これぞ人生なのである。
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東京都生まれ。明治大学文学部演劇学専攻卒業。劇団俳優座研究所文芸演出部修了。両親が画家という環境で幼少時から絵筆を持つ生活を送り、芸術の道へと目ざめる。内外数々の著名演出家のアシスタントを務めるとともに、学生時代より舞台活動を開始し、脚色・演出を手掛ける。活動の場はオペラにとどまらず、演劇やコンサートと幅広く、脚色・ステージング・振り付けと多岐にわたる。現在、東京藝術大学および大学院、国立音楽大学および大学院、相愛大学音楽学部、劇団俳優座演劇研究所各講師。劇団俳優座文芸演出部所属。
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