終戦前日の1945年8月14日、渥美線の列車が米軍の機銃掃射を受けた事件を長年語り継いできた彦坂昭市さん(91)=田原町=が4月27日亡くなった。無差別銃撃の体験を紙芝居にした「前日物語」を作り、各地で精力的に戦争の悲惨さと平和を訴え続けた。紙芝居は市中央図書館がデジタルデータに収め、東三河の全自治体を通じて生かされている。
彦坂さんは当時、線路付近の監視施設で米軍機の飛来を知らせる任務に当たっていた。当日は当直明けで自宅におり、空襲警報で近所の松の木に登って米軍機を目撃したという。無差別銃撃で車掌と一般乗客、彦坂さんの同級生ら31人が死傷した。
無差別銃撃事件は事実関係の資料が乏しく、乗客や犠牲者周辺、目撃者らの記憶に頼った。戦争体験の記憶を残そうと動き出したのは約8年前。郷土史家で元教員の山田正俊さんの後押しがあったからだという。
地域の郷土史愛好家でつくる「豊川(とよがわ)流域研究会」の代表を務める山田さん。事件の風化を恐れて関係者らへの聴き取り調査によって「証言集」を残す取り組みを始めた。
一連の調査活動で彦坂さんと出会ったのは2014年頃。聴き取りを機に交流が生まれ、翌年から田原市豊島町の慰霊碑前での法要も始まった。
さらに、調査で機銃掃射の場面を描いてみせる彦坂さんの画力に周囲も目を見張った。それから数年後に「一緒に紙芝居にしませんか」と制作を持ち掛けた。
絵筆をとった彦坂さんは「稲荷坂笑之助」と名乗り、18年3月に「前日物語」が完成。A3判で15枚の紙芝居は、カラスの祖母が孫に事件当時の記憶を語るストーリーだ。
山田さんは、聴き取り調査で関わった当事者らでつくる「前日の会」を結成。病院で救護に当たった元看護師らも参加した。田原市内の小中学校での出前授業や講演で物語として、事件の悲惨さや平和の大切さなどを訴えた。
山田さんは「話術にも長けて講演でも活躍した彦坂さん。とても及ばないが遺志を継いでいきたい」と誓った。
会員の高齢化で当事者がいなくなっても、子どもたちに事件や戦争の悲惨さを語り継いでいくため、紙芝居の改訂版を制作。地元のNPO法人や中央図書館の協力で20年6月に完成した。
中央図書館からデジタルアーカイブでの保存も打診された。電子データとして、後世まで記録できるようになった。
是住久美子館長は生前の彦坂さんを「優しい中にも、一本筋の通った考えを持つ人。前日の会のメンバーから慕われていいた」としのんだ。
紙芝居は東三河オープンデータポータルサイトからも見ることができる。
【岸侑輝】
紙芝居「前日物語」を手にする是住館長=田原市中央図書館で