豊橋技術科学大学の情報・知能工学系の研究チームは、「自分の後ろに位置する人の顔は、前にいる時よりも表情がより強く感じられる」という研究結果を発表した。この現象は「背後の表情増強バイアス」と呼ばれ、私たちの心が「相手がどこにいるか」という場所の情報に基づいて、無意識に相手の感情を読み取っていることを示している。
実験を主導したのは、同大の田村秀希助教らの共同研究チーム。チームは、最新のVR(仮想現実)技術を用いて、顔が正面や背後に現れる状況を再現した。ゴーグル型のヘッドマウントディスプレーを装着した参加者は、VR空間に現れる3Dモデルの顔を観察し、それが「無表情」か、あるいは「怒り」「幸せ」といった感情を含んでいるかを二択で判断した。
実験の結果、怒り、幸せ、恐怖といったどの表情でも、後ろに提示された顔は、前方にある場合と比べて一貫して表情が強く知覚される傾向が示された。特に「怒り顔」については、実際に後ろへ振り向かずに仮想の手鏡越しに観察した場合でも、同様に表情が強まって見えることが判明した。これは、単に体を動かしたからそう見えるのではなく、顔が「背後に位置している」という事実そのものが、私たちの認識をゆがめている可能性を示唆している。
ここで言う「バイアス」とは、心理学において判断や解釈に生じる偏りのことを指す。また、この実験手法に用いられた「心理物理学」とは、目などの感覚器官が受け取った物理的な刺激と、それによって心の中に生じる感覚との関係を測定し、心の仕組みを解き明かそうとする学問だ。
なぜ、背後の表情を強く感じてしまうのか。研究チームは、背後に存在する「脅威(恐ろしいもの)」など、感情的に重要な情報を優先して処理しようとする、脳の空間的な知覚の仕組みが関係していると考えている。見えない場所にいる相手の怒りを敏感に察知することは、人間が進化の過程で身を守るために必要だった本能的な反応と言えるだろう。
田村助教は、従来の多くの実験が正面の知覚ばかりを扱ってきたことを指摘し、今回の発見が「私たちの知覚がどのように空間に依存しているのかを理解する上で興味深い結果だ」と語っている。この研究成果は、3月30日付の国際的な学術誌「Cognition(コグニション)」にオンライン掲載された。
今後は顔以外の物体でも同様の効果が見られるかを調査し、この心の偏りがどの程度一般的なものなのかを明らかにしていく方針だ。これらの知見は、将来的に人間とロボットがスムーズにやり取りするためのインターフェース設計など、幅広い分野への応用が期待される。
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1967年三重県生まれ。名古屋大学卒業後、毎日新聞社入社。編集デスク、学生新聞編集長を経て2020年退社。同年東愛知新聞入社、こよなく猫を愛し、地域猫活動の普及のための記事を数多く手掛ける。他に先の大戦に詳しい。遠距離通勤中。
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